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フィンランド、市民による著作権法案提出に向けてオープン省で署名進む

以下の文章は、TorrentFreakの「Finland’s Crowdsourced Copyright Law Proposal」という記事を翻訳したものである。

原典:TorrentFreak
原題:Finland’s Crowdsourced Copyright Law Proposal
著者:Ben Jones
日付:January 24, 2013
ライセンス:CC BY

フランスがHADOPIスキームを進める一方で、すべての欧州諸国が同じ方向を向いているわけではない。

昨年、フィンランドに導入された新たな手続きによって、著作権法にラディカルな変化がもたらされるかもしれない。そのキモは、市民の参加である。

すでに複数の国で市民の政治参加スキームの歴史がある。米国政府はホワイトハウスに請願サイトを設け、一定の支持を集めた提案に公式見解を示している。

たとえば「デス・スターの建設」のような請願に即座に(そして愉快な)回答していたりもするのだが(日本語記事)、昨年のSOPA/PIPAをめぐるMPAA CEOのクリス・トッドが贈賄をほのめかした発言を調査するよう求める請願についてはまったく役に立たなかった

フィンランドの状況はそれよりも良い。複数の海賊党が提案し、用いている流動的フィードバックシステム(liquid feedback systems)に近い。

フィンランドは憲法改正により、6カ月以内に50,000以上の署名を集めることで、市民が議会に法案を提出できるようになった。こうした市民からの発議は、オープン省(Open Ministry)のウェブサイトに掲載され、議論および署名が行われる。現在、このシステムが行われ、その中に著作権法に関する提案が含まれている。

「合理的な著作権法」(To Make Sense of the Copyright Act)と題されたこの提案(フィンランド語)は、著作権法、特に「Lex Karpela」と呼ばれる2006年の著作権法改正を現代に沿ったものに変えることを目的としている。提案には、罰則の軽減やフェアユースの強化、所有しているコンテンツの私的コピーの容易化(フォーマットシフトやバックアップなど)が盛り込まれている。

DailyDotによると、オープン省のウェブサイトで最もコメントが多く、評価が高かった提案の1つであるという。本記事執筆時点で、2日間が経過したこの提案は、すでに目標の7%を集めている。このペースでいくと単純計算で、2月18日に目標を達成することになる。

こうした市民からの支持の背景には、フィンランド著作権法に向けられた怒りがある。昨年11月、フィンランド警察はパイレート・ベイにアクセスした9歳の女の子の自宅を家宅捜索し、クマのプーさんがプリントされたノートパソコンを押収した日本語記事)。この問題は、女の子の父親が著作権団体CIAPCに300ユーロを支払うことで和解した

もちろん、この法案の提出に成功したとしても、議会がその内容を認めるかどうかは保証されてはいない。しかし、有権者の1%以上が直接支持した法案という事実をないがしろにすることはできないだろう。1年前、我々が米国で目にしたように、多数の市民からの抗議は周到なロビー活動ですら跳ね返すこともある。

スラドでも同じ話題の記事が出ていますので、そちらもご参考に。

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英国で裁けないなら米国に引き渡せ:英ビデオリンクサイト管理人、著作権侵害容疑で米国に引渡しへ

以下の文章は、TorrentFreakの「"Pirating" UK Student to be Extradited to the US」という記事を翻訳したものである。

原典:TorrentFreak
原題:"Pirating" UK Student to be Extradited to the US
著者:enigmax
日付:March 13, 2012
ライセンス: CC BY

英国のビデオ・リンク・サイト TVShackの元管理人リチャード・オドワイアが、著作権侵害の容疑で、米国に引き渡されることになった。市民から怒りの声が上がったにもかかわらず、本日、内務相テレサ・メイは引渡命令を承認した。この23歳の学生は、これまで一度も米国を訪問したことはないのだが、今、彼は米国で数年間の懲役刑を科せられる可能性に直面している。

昨年、リチャード・オドワイアは、著作権で保護されたテレビ番組へのリンクを掲載したウェブサイト TVShackを運営したとして、警察に逮捕された。

英国最大の刑務所に拘留された後、彼は米国への引渡し要求と戦った。が、その戦いに勝利することはできなかった。

2ヶ月前、英国法廷は、彼の引渡しにゴーサインを出し、内務相テレサ・メイは本日、公式に米当局からの引渡し要求を承認した。

リチャードの母、ジュリア・オドワイアは、この判断にひどく失望し、息子が米国に「売り渡された」という。この引渡しは彼の人生を失わせるかもしれない。

「今日、また一人の英国市民が英国政府に裏切られました」と彼女は言う

「リチャードの人生-彼の研究、就職機会、経済的安定-は失われようとしています。回復までにどれだけの時間がかかるかわかりません。英国政府が、切望されていた引渡し法の改正を行わないためです。」

特定の状況において単に著作物にリンクする行為は英国では犯罪ではなく、この引渡しは議論を引き起こしている。2010年、リンクサイトTV-Linksの裁判では、情報の『単なる導管』とみなされ、サイト管理人は無罪となっている

しかし、米国での最近の判決は、それとは全く異なる。つまり、リチャード・オドワイアが米国に引き渡されれば、、米国で裁判にかけられたリンクサイトの運営者と同様の運命を辿ることになる。

今年1月、Ninjavideoの創設者 ハナ・ベシャラは、懲役22ヶ月(執行猶予2年)、500時間の地域奉仕活動、およそ210,000ドルの賠償を命じられた。また、同サイト管理人のマシュー・スミスも、懲役14ヶ月(保護観察2年)、172,000ドル超の賠償を命じられている

補足しておくと、2011年10月に、英米間の犯人引渡し条約に関する司法審査において、英米間の格差はなく公正なものであるとの判断が下され(これは英クラッカー ゲイリー・マッキノンの引渡しにも関係する)、今年1月には、地裁がオドワイアの米国への引渡しは妥当であるとの判決を下している

地裁判事は、「リチャード・オドワイアが北イングランドから一度も出たことがなかったとしても、彼の犯罪行為による直接的な結果が米国にもたらされていると言われている。そのような事態は、権限を持つ英国当局が法的措置を講じない限り、ここ英国において審理を要求するものではなく、私の判断において、米国での審理を許可する」としている

なお、記事本文中にもあるように、TV-Links裁判では、英国ではリンクサイトの運営によって著作権侵害には問われない、という判決が下されている。リチャード・オドワイアが運営していたサイトも、TV-Links同様に、コンテンツを自らが管理するサーバに蔵置していたわけではなく、たとえばYouTubeなどのビデオサイトにリンクを張っていただけであった。また、彼が運営するサイトは、米国のサーバを使用するものではなかったが、米国ドメインを使用していたという。

つまり、米国の引き渡し要求は、米国ドメインを使い、米国に被害をもたらしたと判断されれば、米国の刑事事件として裁ける(と米当局が考えている)ことを意味する。

Everything is a Remix:クリエイターのための知財改革と最良の実践

以下の文章は、TorrentFreakの「Thoughts on IP Reforms and Best Practices for Creators」という記事を翻訳したものである。

原典:TorrentFreak
原題:Thoughts on IP Reforms and Best Practices for Creators
著者:Ernesto
日付:February 26, 2012
ライセンス:CC BY

先日、映画製作者カービー・ファーガソンは、『Everything is a Remix』という4部作のドキュメンタリーを完成させた。このシリーズでは、我々の創作の相互結合性、そして現行法と規範がこの基本的な真実を捉えられてない現状について綴られている。このドキュメンタリーに対し、一部の視聴者から、ではどのような考え方が望ましいかという点について、この4部作では触れられていないとの批判が寄せられた。彼はこの場でその挑戦に応じることにした。知的財産権改革やリミキサーとクリエイター双方の利益となる最良の実践についての考えを明かしてもらおう。

先日、Everything is a Remixという4部作のシリーズを完結させました。一部ファンの方から、特定の方向性を示すことなくシリーズが終ってしまったことについて、批判が寄せられました。確かにそれはドキュメンタリーの一般的な終わり方でもありますし、そうした終わり方を期待されることも理解できます。しかし、2つほど、私がそうしなかった理由があります。

まず第一に、視聴者に歴史と文脈を伝えることが最大の目的であったことがあります。単に現状がどうなっているかではなく、なぜそうなっているのか、ということを伝えたかったのです。第二に、そのような終わり方は映画的でない(突然エンドロールが始まる)ように思えたからです。この話題は、オーディオ・ビジュアルとして扱うのは難しいと思っています。

これについて議論するには、ここで、文章で伝えたほうがよいのでしょう。ですから、この文章はEverything is a Remixの付録であり、私たちに今何ができるのか、どこに向かっていけば良いのかという点についての概観であると考えてください。ある部分では達成できるものであり、ある部分ではおそらく達成できない、それらを謙虚さを持ってお伝えしたいと思います。これは純粋な意見であり、議論の一部ではありますが、宣言ではありません。この話題を1年半にわたって、自分自身が持つテーマとして、そして創作のテクニックとして、追い続けてきた私が提供する、考える上での材料としてください。急ぎ書き上げたので、事実誤認や拙い議論があるかもしれませんが、そのときには誤りを指摘していただけると幸いです。

コピーライト・クラシック

厳しい現実ではあるが、大部分の作品がすぐさま価値を失う。大半の書籍、映画、アルバム、コンピュータ・アプリケーション、その他諸々のものは、関心を持たれず、そして使われない。それらは基本的に、読まれず、観られず、使われない。幾ばくかの観衆に出会える幸運な作品もあるが、そのほぼすべてが二、三十年の内に忘れ去られる。それ以降も商業的価値を維持できるのは、本当にごく限られた作品のみである。そして、現在の著作権法は、そのごく僅かな作品群のために書かれている。コピーレフト運動家はしばしば、これら作品群を「宝くじの当選者」と呼ぶ。

1976年以前、米国の著作権保護期間は28年間で、更新によってさらに28年の延長が可能であった。その後、2つの大きな変化が訪れた。初めに、保護期間を大幅に延長し、死後70年とした。次に、更新制度は廃止され、すべての権利者に最長期間の保護が自動的に与えられるようになった。いずれの変化も、宝くじの当選者だけを利するものであった。

死後70年間という著作権保護期間は、ほとんどすべての作品にとって、ひどく度を越した保護期間となっている。ローレンス・レッシグによると、1976年以前には、著作権者の85%が28年後の更新をしなかったのだという。つまり、28年の時を経て、彼らの創造の商業的価値は、ほとんど、もしくは全くなくなったということである。85%の権利者には、28年の保護で十分だったのだ。

もし、魔法でも使えるのなら、1976年以前の状態、28年間の保護と更新による28年間の延長という状態に戻すだろう。これで、殆どの作品は28年でパブリックドメインとなる。更新すれば56年間の保護期間を得ることになり、おそらく創作者の生涯を十分にカバーできるだろう。もし、このようなシステムのままであれば、20世紀に生み出された膨大な作品群が、自由に使用し、共有できるものとなっていただろう。そのような世界でのProject GutenbergやArchive.org、YouTube、Google Booksがどのようなものになっていたかを想像して欲しい。我々がこれまでに目にしたことのない、壮大なリソースとなっていただろう。

残念なことに、著作権保護期間の短縮は、まずありえないだろう。勝利が望めるとしたら、2023年の著作権保護期間再延長の阻止だろうか。間違いなく、ますます数を減らしている宝くじの当選者がロビイングを仕掛けてくるだろう。

アメリカ人なら、フェアユースを使おう

フェアユースは、論評、批評、教育などを目的とした作品の再利用を可能にするため、米国における著作権保護を制限する。とはいえ、訴訟を必ず回避できるというわけでもなく、コピーレフト運動家からはフェアユースを批判する声もある。残念ながら、これは真実である。フェアユースによる慎重な理論武装をしていたとしても、法廷に引きずり込まれる可能性はある。たとえ裁判に勝てるにしても、法廷闘争に数十万ドルもかかるかもしれないし、精神的な損害も計り知れない。

そこで、どこからがフェアユースで、どこからがフェアユースでないかという説明が必要になる。しかし、まずは、フェアユースは確実に、トラブルなく、日々絶えず行われていることを知っておいて欲しい。ニュース報道、ドキュメンタリー、デイリー・ショーを見れば、至る所でフェアユースを目にするだろう。耳目を集める訴訟は例外的なものなのだが、そうした報を見聞きするにつけ、フェアユースがいかに効果的で、強力であるかという点に影を落とす。(もしフェアユースによって裁判に巻き込まれることになったら、無償で弁護を引き受けてくれる公益団体があることを忘れてはならない)

最近現れている最良の実践のあり方とは、フェアユースがコミュニティに採用されたとき、どれほど強力でありえるかを実践することである。これに関する優れた(しかし日の目を見ていない)リソースとしては、パトリシア・オフデルハイデとペーター・ジャシのReclaiming Fair Useをお勧めしたい。これは偶然にもコピーライト運動の短い歴史の中に現れたものである。

米国外の方であれば、自国にはフェアユースがないと思われるかもしれないが、(訳註:米国ほどの)訴訟文化ではないという利点があることをお忘れなく。

de minimis法理の必要性

これはフェアユースがいかに強力な境界線を必要としているかを示す好例である。著作権法において、「de minimis」は著作権侵害とするにはあまりに軽微な使用について言及されているもので、そうした使用はフェアユースであると考えられる。しかし、奇っ怪なBridgeport Music, Inc. v. Dimension Films裁判によって、たとえこのde minimis法理があったとしても、曖昧さが残されることになってしまった。被告側が敗訴したこの事件では、NWAの「100 Miles and Runnin」の曲の中でFunkadelicの楽曲が2秒間、原曲を認識できない程度に使われていた。(そして、被告となったのは、NWAでも彼らのレコード会社でもなく、たまたま映画の中で楽曲を使用した映画配給会社であった。)知財デストピア時代の始まりを告げた裁判はと聞かれたら、まさにこの裁判がそれに当たる。公表された作品のごくごく小さな断片であろうと、あらゆるリユースに攻撃を受ける余地が残されたと言えるだろう。

我々は、著作権が適用されない、ある種の明確な基準を必要としている。録音された音楽なら2秒であるとか、映像であれば5秒であるとか。もちろん、何秒が正しいかという話ではない。こうした基準がどのような値を取ったとしても、意識にも登らない程度の使用すら著作権の保護が適応されうる状況よりは、遥かに良い状況だということである。

ソフトウェア特許、ビジネスメソッド特許の廃止

特許については、全く異なる産業を包括している複雑な領域であるため、ここではそれほど深く掘り下げるつもりはない。真の特許改革は、格差について触れる必要がある。市場に出すまでに10億ドルを要する製薬特許と、一個人が2週間で作り上げた目新しい発明に関する特許とでは、別に扱われなければならない。

シンプルに言えることは、ソフトウェア特許とビジネスメソッド特許(大部分がソフトウェアに関するもの)は、イノベーションのインセンティブになるものではなく、それどころかインセンティブを削ぐものとなっている。我々は、スマート・コンピューティングの領域における大規模な軍拡競争を目にしてきたし、現在、無数の中小企業が、特許で武装したパテント・トロールによって食い物にされている。ソフトウェア特許は「有益な文芸にの発展に資する」ものではなく、このような状態は改革ではなく、廃止を望むことが賢明であることは火を見るより明らかである。


Everything is a Remix Part 4 from Kirby Ferguson on Vimeo

Everything is a Remixのその他3エピソードはこちらから

著者について

カービー・ファーガソンは、ニューヨーク在住のフリーの映画製作者/作家/講演者で、Everything is a Remixの製作者である。彼は現在、This is Not a Conspiracy Theoryと題した自由かつオープンな政治ビデオシリーズの製作に向けて、Kickstarterでキャンペーンを行なっている。

欧州緑の党、ファイル共有の合法化、DRMの禁止、著作権保護期間の短縮を求めるポジションペーパーを公表

以下の文章は、TorrentFreakの「European Greens Want to Legalize File-Sharing, Ban DRM」という記事を翻訳したものである。

原典:TorrentFreak
原題:European Greens Want to Legalize File-Sharing, Ban DRM
著者:Ernesto
日付:October 07, 2011
ライセンス:CC BY

欧州緑の党は、デジタル時代における著作権政策に関するポジション・ペーパーを公表した。全体的なテーマとしては、消費者の利益のための著作権モノポリーを縮小である。とりわけ、緑の党は、個人的な使用のためのファイル共有の合法化、DRMの完全な禁止、著作権保護期間を5年に短縮することを求めている。

緑の党/EFA欧州緑グループ・欧州自由連盟)は、欧州議会の議会グループの1つ。現在、同グループは海賊党欧州議会議員のクリスチャン・エングストロムを含め57の議席を占めている。(訳註:現在の欧州議会議員数は736。緑の党/EFAは会派としては4番目;参考

今週、緑の党はデジタル時代の著作権に関する見解を記したポジションペーパーを公表した。これは海賊党のアジェンダを踏襲したものとなった。このペーパーでは、現在の著作権強化の向きを明確に否定し、極少数の金持ち企業のためではなく、市民の利益を確保する社会を求めている。

キーとなる提案の1つは、個人的な使用のためのファイル共有の合法化である。「個人間の非営利目的での共有は、たとえば私的複製の例外規定の範囲を広げるなどして、許容されるべきである」と緑の党のペーパーにはある。

さらに、DRMのような制限的技術は、完全に禁止、少なくとも制限の回避は解禁されるべきだとしている。

「DRMによる制限の回避は、常に合法的でなければならない。さらに、作品を合法的に使用する自由を制限するDRM技術を消費者保護法において禁止することも検討すべきである」という。

「多国籍大企業自らが作ったルールで消費者を従わせ、技術的手段によってそれを強制することを議会が許すのであれば、たとえ議会が均衡のとれた合理的な著作権法を導入したところで無意味である」。

また、緑の党は著作権の保護期間を70年から5年に短縮することも求めている。これには、著作権者が最長20年間まで保護期間を延長できるオプションがつけられている。彼らは、現在の状況は「不合理」であり、より合理的な著作権保護期間にすることで、社会は恩恵をうけるだろうとしている。

「死後70年間という現在の保護期間は不合理である。それほど長い見返りの期間を想定する投資家はいない」という。

全体として、このペーパーは、創造性に課せられた足かせを解き、インターネットの可能性を最大限に発揮するために後押しすることを提唱している。緑の党によれば、これはネット中立性が保証されなければならないということでもあり、商業著作物のリミックス、マッシュアップも認められるべきであるということも意味しているという。

海賊党議員クリスチャン・エングストロムは、緑の党の提案が、これまで海賊党が長らく求めてきたものと類似している、とTorrentFreakに語った。

「実に素晴らしいことです」とエングストロムは言う。「このペーパーは、はじめに現状がどうであるのか、そして緑の党の展望として何をゴールとすべきかについて書かれています。そして最後に、海賊党が提唱してきたような著作権改革が提案されています。これは実に筋が通ったものです。」

「著作権改革というアイディアは、海賊党が参加する以前から緑の党にありました。しかし、私たちは緑の党を後押しし、それをアジェンダとする手助けをしてきました」と彼はいう。エングストロム、そしてブリュッセルにいる海賊党メンバーらにとって、これは彼らが世界を変えうることを、2009年の選挙で海賊党が受けた支持が正しかったことを確信させるものであった。

「私は、海賊党に投票した225,000人によって、海賊党の意見を議会に広めることを使命として、ブリュッセルに送り出されました。私達が必要とするその意見が、いつかマジョリティを得るために。もちろん困難な仕事ではあります。しかし、今、最初のマイルストーンに到達したのです。機会を得ることで、海賊党は事をなすことができる、それが示されたのです。」とエングストロムは結論づけた。

著作権改革への熱意は、ブリュッセルだけに限られない。多くの海賊党員、ボランティアたちが、世界を変えることができると感じているだろう。

海賊党設立者のリック・ファルクウインエは「私達のアイディアは未来のためにあると、みな認識しています。彼らがますます強い支持を得ているのは素晴らしいことです。欧州議会に7つある会派の1つが、私たちの展望を自らのものとして採用したことは、次世代の市民的自由のための飛躍的な一歩となるでしょう」。

「40年前、緑の党の展望が十分に理解されるまでにはかなりの時間を費やしました。それと同じように、私たちも時間がかかるのでしょう。しかし、海賊党への理解と支持は成長を続けています。それは私達の展望がコモンセンスとして共有されるまで、続くものだと思っています。」とファルクインエは言う。

緑の党のポジションペーパーは、革命的なものだといえるだろう。しかし、欧州議会において同会派は少数派であり、この提案を立法にこぎつけるには長い道のりとなる。それでも、著作権改革がますます広く求められていることを、明確に示すことにはなるだろう。

ポジションペーパー(PDF)をざっと流し読みしてみたのだけれど、著作権保護期間については補足が必要そう。§25では「社会、投資家(制作者)双方の見地から」合理的な著作権保護期間として20年を提案していて、§26, §28で著作物の商業的排他性を維持したければ、発表から5年以内に登録することを義務付けている。保護期間の短縮と、義務的な登録制度の導入で孤児作品を減らそう、というところだろう。なので、登録しなければ5年で保護期間が満了するのではなく、商業的排他性を失うだけでは、と思うんだけどね。

閑話休題、海賊党以外にもこのような途方も無い主張をする政党があるのは喜ばしい。もちろん、海賊党の主張同様、実現可能性は低いのだろうが、著作権議論において対立軸を作り出す役割に期待したい。

主張の中身については、たとえば著作権保護期間の延長など、ベルヌ条約があるから無理だよね、なんて声も聞こえてきそうだが、政党、会派としての姿勢を示すにあたって、既存の条約や法律に縛られねばならない理由はない。既存のルールが常に正しいのであれば、もはや立法など必要とはしない。既存のルール通りでいい。

でも、時代、環境の変化と共に、ルールに綻びが出てくる。だからこそ、権利者側は著作権保護の強化を求め、海賊党や緑の党は保護の緩和を求める。ベルヌ条約のような国際条約がある以上、後者にとっては変えがたい状況があるのは事実にしても、ベルヌ条約があるから正しいということにはならない。

どうあるべきか、と、どう変えていけるか。少なくとも「どうあるべきか」がなければ、変えていくことはできないだろう。

著作権とQWERTYキーボード:経路依存が狭める未来

以下の文章は、TorrentFreakの「Copyright Is Like QWERTY: Locked-In and Retrospective」という記事を翻訳したものである。

原典:TorrentFreak
原題:Copyright Is Like QWERTY: Locked-In and Retrospective
著者:Stefan Larsson
日付:April 24, 2011
ライセンス:CC BY

『経路依存』は、技術的標準の進展と、技術的標準がいかにして所与の技術的ソリューションを『ロックしてしまうか(lock in)』を説明する用語として、一般的に使われている。経路依存の例として、QWERTYキーボードがしばしば用いられるが、これはキーボードをより望ましく、効率的なソリューションに変えるためのコストが、変化を阻害しているためである。同様のことが、今日の著作権法制についても言える。プライバシーやその他の権利を犠牲にして。

QWERTYキーボードを製造、販売する企業が、現在の規格を変えたがらないのは当然のことである。標準規格を変更すれば、市場における優位性が損なわれる。同様に、著作権をどのようにして制御すべきかという法的ソリューションの多くも、経路依存となり、狭められている。

たとえ、もっと望ましいソリューションがあったとしても、著作権法は『コピー』され続ける。著作権に頼る産業は変化を嫌う。それまで持っていた権威や権力を失い、そして収益を失いかねないからである。こうした「経路依存」の最悪の結末は、万人のプライバシーを犠牲にして、著作権に関わる利害が維持されることである。

どうしてそうなってしまうのか

著作権の本質的な経路依存を把握するためには、広く、複雑な展開について理解しなければならない。ご存じのように、インターネット上の振る舞いと著作権による制限との間には、多くの矛盾がある。EUの「情報社会指令」がより多くの行為を違法化したことも、知財権執行に関する指令がインターネットユーザのプライバシーを弱めたことも、著作権侵害者に対するスリーストライク法が欧州各地で議論されていることも、いずれも強い傾向、すなわち『経路』が選択されていることを意味している。

法律は、さまざまな面で歴史を反映する。しかし、歴史的かつ時代遅れの概念や原則は、以降の法律の方向性を狭める経路を作り出す傾向にある。法律が、社会の重要な変化を捉えきれない過去のやり方に最適化されている場合、問題が生じる。たとえば、インターネットやデジタル化がそうだ。法律はしばしば、『新たな時代』に適応しうるオルタナティブを考慮できないほどにロックされる。

この点に関して、著作権は実に興味深い。結果として、社会的規範と法的規範との克服しがたい葛藤に終わっている。いやが上にも、この経路依存分析を重要なものとする。上述したように、欧州著作権政策の経路依存は、その保護によって利益を得る人々にとっての強い根拠として用いられる。

エンターテイメント産業は変化を嫌う。制度を社会に調和させることは、彼らの利益にはならず、よって産業はより厳格な著作権法を望む。著作権保護期間の更なる長期化、より強力な保護、著作権侵害を発見するための侵入的な手段を求める。彼らは、自分たちの独占のために戦っている。しかし、産業が実行力を有するに至った理由は、(訳註:現在の)法制度の確立や成熟が、インターネットが登場する以前になされたためであることを忘れてはならない。

いま、そこにある問題

こうした調和を欠く現実の法律は、様々な問題を抱えている。第一に、著作権の特別利益が、たとえばテロリズム対策法など、さまざまな他の領域にかかる法律と絡み合っていることがある。その結果苦しめられるのは、ファイル共有ユーザや著作権侵害者だけではない。万人のインターネットトラフィックが監視されることになる。

第二に、ISPなどの中立の仲介者が、著作権の抱える『葛藤』において、どちらにつくかを選ぶよう、標的にされてきていることがある。これに関する欧州の展開は、執行指令(Enforcemnet Directive)やテレコム改革パッケージ(Telecom Reform Package)に見ることができる。最近まで交渉が続けられてきた模造品・海賊版拡散防止条約(ACTA)も、同様のことが世界規模で生じた事例と言えよう。先日、欧州委員会が公表した報告書(PDF7ページ)では、「オンラインの知的財産権侵害」と効果的に戦うための法的措置ないし法律によらない措置は不十分であるとして、ISPはデータキャリアとしての責任を果たすべきであると結論づけられている。

第三に、ISPの役割が我々の知るインターネットの基盤に大きな影響をもたらすことがある。古い著作権の原則が、インターネットとは何かを定義するために用いられている。これは、著作権の発展が、広範囲にわたって、トレーサビリティやアクセシビリティ(ゲーテッド・コミュニティ)のみならず、大規模な監視に関する法執行の再構築を意味する。

全市民を対象にした監視の発達は、軽々しく扱える問題ではなく、精査されることなくして通過させてはならないものであることは理解しておかねばならない。

要約すると、著作権経路が再生産(コピー)され、様々な法的措置において強化されうる。欧州著作権の経路依存は、その維持により利益を得るものによって強力な根拠として用いられ、その背後に強固な権力構造があることを暗示する。その結果、著作権は、プライバシー権や場合によっては財産権などの他の権利よりも、優先されることになる。

著作権の経路依存は、利害関係者間の大きな不均衡に繋がる。エンターテイメント産業や著作権から利益を得る人々は、市民が何をして良いか、何をしてはいけないかを、広く定めることができ、著作権の利益は、万人のプライバシーを犠牲にして得られることになる。それが真に望ましいことであるのかどうか、私たちはよく考えなければならない。

--

ステファン・ラーションは、ランド大学サイバーノーム研究グループの法社会学者。最近では、The Pirate Bayのファイル共有調査プロジェクトを行っている。

ステファンがエジンバラ法科大学院のジャーナルScriptEdで発表した欧州著作権の経路依存に関する論文は、こちらで全文参照できる

議論のテーマに比して、文章が短いということもあってか、やや抽象的な感があるけれども、大筋としては同意したい。いまの状況を見て、著作権などいらないとは思わないけれども、結果としてパッチを当て続けることでしか対応できておらず、そのパッチも過去のあり方から、今の、これからのあり方を規定するかたちで当てられ続けている。

さらに、市民の声よりもロビイストの声の方が通りやすいというのもあって、プライバシーのような基本的な市民権が軽視される傾向もあるのかなと思ったり。

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