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著作権保護期間延長議論:著作権者の遺族は自立できないのか?

著作権保護期間延長の公開シンポジウムがあったよというお話。延長賛成論者のチョイスが悪いのか、論理破綻しているせいなのかはわからないけれど、なぜ延長が必要かという明確な理由はまったく見られなかったようだ。「死後50年では配偶者が存命なことがあり、それではかわいそうだ」という意見があったようだが、亡くなった配偶者の財産を使い切ってしまってこれからどうしようと相談されれば、普通は「もう自立しなさい」というだろうし、「権利意識が高まっているのだから、延長もありだろう」という意見には、権利意識の高まりによってパブリックドメインの創造物の利用も権利と考えられるため、延長すればそれらの権利を20年も失うことになるという反論に、さらに論理的な反論はできないだろう。賛成派が、業界団体がごく一部の著作物から利益を得ることができなくなるのが嫌なだけという本音を隠し続けていては、まともな議論なんてできやしない。

ネット時代の著作権保護期間延長問題~公開シンポジウム開催
著作権保護期間、死後50年から70年への延長を巡って賛成・反対両派が議論

残された配偶者や子供たちがかわいそうだという人の良心の呵責を狙った話を持ってこの議論を進めるのならば、一般論で否定する。当たり前の感覚で物事を考えて欲しい。

30歳で配偶者に死別され、その配偶者が主たる収入源であったとする。三田氏の主張は、死後50年では、残された配偶者がまだ生きているかもしれないではないかという。しかし、一般的に考えて、30歳で家計を支えていた配偶者に先立たれた人などたくさんいるわけで。死別してしまえば、それ以降の収入など見込めるはずもない。もちろん、多少の財産や公的な保護は残されるだろうが、少なくとも50年間の生活を支えうるくらいのものではない。普通のサラリーマンが30歳で亡くなったとしても、退職金や公的な保護などを考えても、5年、10年も持てば相当いいほうだろう。それでもそのような状況にある人は、それを乗り越えて生きている。一般的な感覚から言えば、死後50年も死んだ人の仕事でご飯が食えるなら、あまりに保護されすぎているじゃないかと考えてもおかしくはないだろう。退職金がないことを考えると、確かに死後も守られるべき部分はあるにせよ、それだって5年や10年程度で十分だろう。現行の50年でも相当な手厚い保護である。著作権は一般的な権利であるべきであり、特権ではない。感情的に言えば「何様のつもりだ、くそったれ」といったところだろうか。

更に突っ込もう。50年から70年に延長されることで、その恩恵にあやかれる人たちは本当にごく一部である。そして、その恩恵にあやかれる人たちは、その時点で十分に財産を築いているだろう。なぜなら著作権は一切減ることなく、お金を生み出すからである。その上、本人が死んでから50年経っても金が稼げるレベルなんだから、50年間に蓄財された財産たるやすごいものなんじゃないのかしら。三田氏や松本氏はそういう人を助けたいんだろう。「ああ、著作権が失効したら、来年から海外旅行を10回から8回に減らさなきゃ・・・」という人に手を差し伸べて、「さぁ、私が来たからもう安心。年に8回の海外旅行なんて不自由な思いをさせませんよ」といっているようなものか。極端な話だけどそういうことになる。

富める人がその権利を失うのを防ごうという努力の一方、著作物のほとんどが、本人の死を待たずして廃盤・廃刊されており常に死蔵した状態となっている。その状態は何を意味するのだろうか?著作権料が支払われる可能性が全くないということである。世の中には酔狂な人がいて、廃盤になってても欲しいという人がたくさんいるわけだけれど、それでも出版社やレコード会社は利益が見込めないからと、出版はしてくれない。更に問題なのは、もし「うちで出してもいいですよ」という出版社が出てきたとしても、出版社との契約や、著作権が譲渡など障壁となるものが多く、実現に至らないということも多い。大半は出版社同士の金の問題になるわけだが。結局は契約や権利関係の縛りがあって、出したくても出すこともできない場合が多い。本当に死蔵されたままなのだ。

さて、松本氏はその状態をどう考えているのだろうか?たぶん、考えていないだろうなぁと思ってみたり。多少は考えていても、まぁそういう側面もあるよね、でも権利を守るためだからしょうがないよね程度だろう。真に創作者としての著作権者やその遺族のために、って感じが微塵もしないからそう見えてしまう。死後50年から70年に延長するよりも、現行の50年のままでも権利や契約関係での遺族の側の立場の弱さを改善したほうが、よっぽど著作権者の遺族のためになると思うがどうなんだろうねぇ。百歩譲って、遺族のために延長が必要だと言うのなら、著作権の保持期間を、一律で公表後70年にすればいいんじゃないでしょうかね。そしたら解決するじゃないの。

それに、死んだあとを考えるよりも、今生きている著作権者がどれだけ不利な状況で出版社と契約させられ、管理団体による管理の名目上、自分の著作物を自由にすることができないという状況を何とかするのが先だろうと。結局、賛成論者の意見は、業界団体や、ある程度自由が利く大御所を始めとする富める者の意見でしかない。繰り返しになるけれど、彼らが建前にしている遺族や権利者の保護は、延長によってではなく、それ以外の手段を用いたほうが確実に保護を実現できる。

また、著作権の延長が権利意識の高まりの結果でもあり、平均寿命の高まりとともに著作権者の配偶者や子供の存命中に著作権が消滅する可能性があるというだけが、この延長の理由ではないとしているが、それならば、我々もパブリックドメインを利用する権利を感じており、著作権保護期間の延長がなされれば、パブリックドメイン化した創作物を利用する権利を20年間も奪われることになる。「それは権利ではない」というかもしれないが、それこそ権利意識の高まりの結果であり、互いに同じ論理で正当化しあっているわけだ。一方の議論のみその論理が適応され、一方の議論には同じ論理が通用しないなど、詭弁もいいところだ。

いい加減、本音を語ればいいのにと正直思う。じゃないとまったく議論にならない。業界団体が、著作権の保護期間が50年だとそれによって利益が上げられなくなる可能性がある、だから著作権の保護期間を延長してくれれば、その期間は今までどおり利益を上げられるのだ、と開き直ればいい。そうすれば、それについて認められること、認められないことが明確になり、認める代わりに条件を出すこともできるし、認められないものに関してはきちんと議論もできるというもの。両者の妥協案というのもあるだろう。商用利用を継続したいものに限って、更新を行うことで延長を認める、更新のないものに関してはパブリックドメインとなる、というレッシグの案だって提案することもできるだろう。

以下、感情的になります。権利亡者の松本零士は大嫌いなので。

それにしても、人々の良心の呵責や罪悪感を利用して自らの主張をする松本零士には反吐が出る。
ふっかつ!れしのお探しモノげっき:著作権保護期間の延長問題を考える国民会議のシンポジウム。(追記版)のレポートより

(賛成派の言い分)
・漫画家は、永遠の浪人のようなもの。自分も若くして亡くなった作家をいっぱいみてきたけれど、せめて孫の代まで保護をさせてあげたい。亡くなった作家の配偶者や子が在命中なのに、権利が切れたということで、保護を剥奪されることはとても胸が痛む(松本氏)

漫画家だけが苦労人なわけでもないし、若くして亡くなった人の配偶者や子は一般的には死別後すぐに何とか自分の足で歩いていかなければならない。言っちゃ悪いが松本零士の発言を裏返せば、漫画家や創作者と結婚する人なんてまともな人間はいないし、その子供もまともに社会生活が送れるような子供じゃないから、保護してあげるべきだよって言ってるようなものだろう。死ぬまで著作権なしには生きていけないってんだから。自分の発言の裏側も読めないくらいの権利亡者なのかね。

業界団体の後ろ盾を得て賛成を触れ回るのは結構なことだけれど、配偶者を亡くした人をダシに使うなどあまりに最低な行為だろう。「保護を剥奪される」などと表現しているが、50年間保護された末、権利が消滅するだけの話。与えられはしたが、決して奪われることなどない。もともと規定されていて、かつ過去に何度も伸びたにもかかわらず、それでも足りないんだな。普通の社会人なら、仕事をしないけりゃその時点から金は手に入らないわけで。著作物がそこまで一般的なものだとは思わないけれど、かといってそこまで特別なものでもない。なぜなら、私が書いているこのブログにだって著作権が発生する、その程度の権利なんだよ。もともと死後50年間も有効だなんて勝手な特権意識の結果に過ぎない。永久不変の金のなる木だとでも思っているのか。使えばなくなる、それが当たり前。今の時点で相当に手厚い保護を受けているはずなのに、それでも足りないと言ってるのか。松本零士が気づいているかどうかはわからんが、結局は金のため。金のために人の死や残された人のことを利用するな。本当に反吐が出る。

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著作権保護期間の延長問題を考える国民会議のシンポジウム。(追...
#とりあえず簡単に報告を。もっとも前回のJASRACシンポジウムのほうもまだ手つかずなので、できれば一緒にまとめて、改めてこの延長問題についてエントリーしようと思う。なお、近日中にサイトのほうでも映像が配信される予定とのこと。(書いたつもりが書いてなかった・・
2006.12.13 11:02 | ふっかつ!れしのお探しモノげっき
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Comment

れし | URL | 2006.12.13 11:43 | Edit
いつもどうもお世話さまです。

そうですね、もう同感!という感想しかないのです。あの席上、そばやうどん屋と一緒にするな、とか、配偶者いない人には(延長賛成論についての)理解してもらえない、といったニュアンス、これもよく考えるとすごく差別的な発言なのですが、実際に発言があったわけですよ。

でも、そこまで暴言?吐けるくらいなら、素直に自分らの権利が欲しいと言い
切ってしまったほうがホントよほど潔いと思いますよ。

そして、今のままだと他のアジアの国に負けてしまう(これも席上で出たハナシ)というのであれば、後継者を育てることに全力傾けるべきで、本来ならそんな権利保護のことでがたがた言ってる暇はないだろう、と。
heatwave | URL | 2006.12.13 21:04
こんばんは、こちらこそ、いつもお世話様です。

うーん、アジアの国に負けてしまう・・・ですか。確かに、音楽をとってみても日本独自のシーンが存在するわけでもなく、欧米からキャッチーなものをパクってきただけの人たちを蝶よ花よと愛でているだけの音楽業界に、正直未来を感じません・・・。といっても世界的にも不作な感もありますが、それに比べても非常に見劣りしているのは否めません・・・。

結局、音楽業界の即席ブームが日本の音楽、ということのようです。

それ以外の文化でも、映画を世界的に配給できているわけでもなく、アニメやコミックは盛んですが、下手に旧来型の利権てこ入れをしてダメにしてしまわないかも心配です。まだ間に合うかどうかはわかりませんが、いっぺんつぶれちまえば・・・なんて過激なことも思ってしまいます。それはそれで困るんですけどね、それがなんともはや・・・。
れし | URL | 2006.12.13 22:39
エントリーにシンポジウムの映像がアップされてるようなので、是非一度ご覧になって頂ければと思うのですが、先のアジアの国々に負ける(これ、あとでメモ見たら追い越されると書いてましたね(苦笑))と言ってたのは、松本氏です。
一応補足しておきます。

音楽に関しては、そうですねぇ。未来を感じないですし、最後は一度潰して出直ししたほうがいいと思っている部分もありますから。

小倉さんもかいてらしてましたけど、

文化庁の官僚による国会議員の先生方へのプレゼン・レクチャーに対抗するということを、第二ステップとして、考えたほうがいいのかもしれません。

逆に次のシンポジウムのときに、今回と同じようなレベルでは、多分残念な結果になるでしょうね。
今回の件は、ちょっといつもよりも真剣に考え続けたほうがいいようです。
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