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『恐れ』が変化を阻む:泳ぎを覚えたくば、水に入らねばならない

以下の文章は、MediaFuturistの「The Fear of Change - and why we must get wet if we want to learn how to swim!」という記事を翻訳したものである。

原典:MediaFuturist
原題:The Fear of Change - and why we must get wet if we want to learn how to swim!
著者:Gerd Leonhard
日付:June 16, 2008
ライセンス:CC by-nc-sa

幸運なことに、私はたくさんの興味深く、オープンな人たちに出会う。アジア、欧州、米国といった国々で、基調講演やシンクタンクとの仕事の場で、 20歳の血気盛んな新参者たちから、60歳を超えたCEOたちに至るまで。しばしば、彼らとの何気ない会話から多くのことを学ぶことがあるし、 彼らにしても私からそういった学びを感じることもあるだろう。

そうした数々の会話の中で何度も気付かされるのは、恐れが最大の障壁の1つとなっているということである。変化への恐れ、未知への恐れ、サイテーなことをして排斥されることへの恐れ、権威を疑うことへの恐れ、そしてもちろん、コントロールを失うことへの恐れ。そう、すべてのはそのバリエーションである。根深い恐れ(とそれに関連したもの、恐れによって生み出される無意識的な信念や仮定)は、急を要する変化への対応を阻害する。それはしばしば、我々を不利な状況におき、即応性を持たないままの状況を作り出す。恐れは我々に黙し、既知の、そして信頼を置いている道を進み続けるよう要請する。馬鹿なことをしたり、道に迷ってはならない、と。

最も強く恐れを引き起こすのは、もちろん、突然の、そして不可逆のLose Controlである。慎重に計算された論理、社会的作用、ビジネス慣習を、それに干渉するほんの些細なものが崩壊に導いてしまうためである。ある無害な分子構造の変化が、公式全体を危うくしてしまう。したがって、我々は本能的に、不確実性を伴う瞬間を避ける。こうした危険な海域を突き進んだとしても、突如として眼前に現れた絶壁に激突して沈没するか、座礁してしまうだろう、と。

しかし問題は、我々が常に海図に記された安全な海域にとどまり続けるならば、決して新たなフロンティアへは到達できない、ということである。安全な航海の途中に、望遠鏡越しにフロンティアをチラリとみることができるのみ。そのため、我々はそれがどういうものであるか、という本当の感覚を得ることができない。その一方で、我々の恐れは、現時点では進路を変える価値はないということを暗示し続ける。我々の多くはそれゆえに、既知の、信頼できる同じ『海岸』いつも戻ってくることになる。それ以外の人達であっても、勇敢な(ともすれば愚かな?)パイオニアが探し当てた新たな領域に、遅れて乗り出すのみである。

メディア、コミュニケーション産業において、恐れは変化への大きなハードルとなる。新たな礁湖(ラグーン)をうまく航行し、海域の徹底的な調査を要求する大幅なパラダイムシフトへのハードルとなる。こうした海域は全く未知の領域であり、我々の地図上では空白の海域である。それゆえに我々はこうした変化を恐れる。しばしば、我々は他の人々を送りだすことができるが、もしそうした人たちが死ぬことでもあれば、もちろん申し訳なく思うのだろうが、それと同時に、我々の恐れは間違ってはいないのだと感じるだろう。しかし、もしそうした人たちが熱帯のパラダイスを発見すれば、我々は即座にその後追い、そこに連れて行ってくれたことに対して多額の報酬を支払うだろう(たとえば、NewsCorpとMySpace、GoogleとYoutube、CBSとLast.fm)。他の誰かを恐れ知らずにしてやるというのは、よりよい戦略のように思える。

しかし、今のところは、最も一般的な恐れの誘因を概観することにしよう。

  • 市場は対話である(最も恐れに後押しされた反応:「私はいうべき言葉を持ち合わせているのだろうか?口を挟むことができるんだろうか?再び私の話を聞いてくれるのだろうか?どうすればこれらすべての人々に話しかけ、ビジネスをうまくやることができるんだろうか?みんなは今、私を必要としているのだろうか?」
  • ロングテール(恐れに後押しされた反応:「これらすべてのニッチコンテンツは、より高額なヒットコンテンツへの注意をそむけさせるのではないだろうか?より多くの人々がニッチコンテンツを消費することになれば、マスメディアの視聴者は一体どこから来るのだろうか?アマチュアがジャーナリストになりうるのであれば、私は何から対価を得ればよいのか?世界がただただユーザ生成コンテンツに埋め尽くされてしまうのではないだろうか?」)
  • コントロールの終焉(恐れに後押しされた反応:「人々に支払いを強制できないご時世に、どうやってお金を稼ぐのだろうか?」)
  • ピアプロダクション - 今、ユーザはコンテンツクリエイターでもある(恐れに後押しされた反応:「現在、我々はアイディアとクリエイティビティの独占を失いつつある。世界は無意味なコンテンツに覆い尽くされてしまうだろう」)

変化に対する恐れは理解できないわけではない。ただ、変化は既に現実のものとなっている。その中で、変化を拒み続けることがどう影響するのかをよく考えなければならない。たとえ自らは変化を拒んだとしても、周囲は変化を続けるかもしれない。それが必ずしも『取り残される』という状況を作り出すわけではないにしても、誰かが自らにとって満足のできる状態を作り出してくれるなどという期待はできない。そんな中で、どうやって自らの望む状況を作り出していくのか、少なくともそれは、自らの手でなさなければならない。

米国のオンライン配信プラットフォームHuluは、自らの手で新たな時代の新たな形を模索しているように思える。もちろん、こうした取り組みを行っているのはHuluだけではないのだが、様々な点で象徴的な存在だとも言える。何もかもが新しいやり方を採っているというわけではないのだが、それでも時代の変化にあわせようとする柔軟さを持ち合わせている。そして、あわせた上で,自らのやり方を推し進めようとしている。決してすべてのコントローラビリティを失うわけでもなく、今脂ののっているヒット作品を取りそろえ、UGCなど一切ない、しかし利用者にとってGoodといえるサービスを展開している。

Distribution Revolution -インターネットとコンテンツ配信- 』 というブログにて、Huluに関する非常に興味深い解説がなされているので、そちらも是非。

特に最後の記事は、HuluのCEO、Jason Kilarがいかにして保守的な親会社の元で現在のHuluを作り上げたのか、という点をフィーチャーしている。彼の「私たちは、Huluのサービスのひとつひとつのピクセルにまでこだわりを持っている」との発言は確かにグッと来るものがあった。

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