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The Pirate Bay講演:「10億ドル産業をぶっ壊す方法」

以下の文章は、TorrentFreakの「Pirate Bay Talk: How To Dismantle a Billion Dollar Industry」という記事を翻訳したものである。

原典:TorrentFreak
原題:Pirate Bay Talk: How To Dismantle a Billion Dollar Industry
著者:Ernesto
日付:October 30, 2008
ライセンス:CC by-sa

The Pirate Bayの共同設立者であるPeter SundeとFredrik Neijは、Hack In The Box Security Conference 2008にて「10億ドル産業をぶっ壊す方法-道楽として」と題された基調講演を行った。2人は、いかにしてThe Pirate Bayがインターネット上で最大規模のBitTorrentサイトとなり得たのか、そして現在どのような問題に直面しているのか、について議論した。

マレーシアで開催されたHack in the Box conferenceにて、今朝方PeterとFredrikは、いかにしてThePirateBayが短期間の内に世界最大規模のBitTorrentトラッカーとなり得たのかについて、その背景を語った。

ちょうど30歳を迎えたばかりの2人は、著作権侵害経験の長い歴史を持っているという、。80年代の時点で、PeterはAmigaのゲームを、FrdrikはCommodore64のソフトウェアをクラッキングしたという。彼らは著作権侵害などという言葉を耳にしたこともなく、既に他のみんなが行っていたことをしていただけであった。Peterが子供だったころ、著作権侵害が「悪い」ことだなどとは思ってもいなかったが、大人になった現在、それが悪いことではないと知った、というPeterの発言に観衆は湧いた。

その数年後の2003年、彼らはPiratbyrån (The Bureau of Piracy)の設立に関わることになった。Piratbyrånは親パイラシー団体であり、anti-Piratbyrånに対抗するために作られた団体である。Piratbyrånの目標は、著作権の問題についての議論、そしていかにして社会に訴えかけていくか、であった。当時のスウェーデンメディアは、anti-Piratbyrånの発言を単に鵜呑みにするだけであった。

それから、Piratbyrånは複数の親パイラシープロジェクトを開始した。その中でもく最も影響力があったものは2003年11月21日のThePirateBayの設立であったことは疑いない。「我々はスウェーデンにファイル共有ネットワークを必要としました。理由は、それがなかったためです。」とPeterはいう。「当時、ある大規模なTorrentサイトが存在しており、それはSuprnovaと呼ばれていました。しかし、このサイトは主に世界中のコンテンツを集めることを目的としてました。我々とPiratbyrånは、もっとスウェーデンの、スカンジナビアのコンテンツを求めたのです。そのため、我々は巨大なライブラリ、つまりThe Pirate Bayを開始したのです。」

Fredrikは、ラップトップ上で初期のバージョンのトラッカーを走らせつつ、The Pirate Bayが設立された当初は、南アメリカにてホストされていたと説明した。「当初メキシコにてThe Priate Bayは開始されました。当時そのメキシコのサーバにて、The Pirate Bayの第三の男、Anakataが働いてました。」とFredrikはいう。Anakataは彼がつとめていた会社が所有するサーバにてサイトをホストしていたのだが、サイトがあまりに急激に成長したため、その負荷もまたすぐさま増大することとなった。

The Pirate Bayは当初、スウェーデン語オンリーのサイトであった。しかし、設立から1年後がたち、ターゲットをスカンジナビア人としていたはずの同サイトユーザの80%以上が、世界の別の地域からの訪れていることが分かった。もちろん、当時最も人気を集めていたTorrentにはスウェーデン語のものもあったが。世界的な人気を確立するため、The Pirate Bayチームは完全にサイトを再設計し、それによって複数の言語で利用可能となった。

サイトの人気はハリウッドにも知られることとなった。他の多くのBitTorrentサイト同様に、The Pirate Bayは複数の削除通知を受け取ってきた。しかし、彼らはこれにユニークな方法で答えており、それによっていくつかのニュース記事を飾っている。また、エンターテイメント産業の脅威は、こうした通知の送付で終わるものではなかった。実際のハリウッドスタイルにおいて、The Pirate Bayの管理人たちは、私立探偵が彼らの一挙手一投足を監視していることに気づいた。

「彼らは我々を付け狙う私立探偵を送り込んできました。まぁ、オンライン上でのことだというのに馬鹿げた話ではありますが。」とPeterはいう。「我々がコンピューターの前に座っているところを見て、何が分かるというのでしょうか?おそらく、ヨーテボリで私を尾行した私立探偵は、すてきなバー、毎晩の夜更かしを目にすることができたでしょう。ただ、証拠集めなんかは全くできなかったでしょうが」。さらにPeterは、IFPIの人間が実際にカンファレンスにも参加しており、「未だに我々がしていることを見つけ出そうとしている」という。

結局、ハリウッドや米国からの圧力に促され、The Pirate Bayは家宅捜索を受けることとなった。Fredrikは当時を鮮やかに思いだしこう述べている。「朝10時にAnakataからの電話が鳴りました。」Anakataは、彼らのオフィスに警官がきたとFredrikに告げ、コロケーション施設を任せた、『確証的証拠』を何とかするよう依頼した。しかし、例えそれが何であったとしても、そのいずれもThe Pirate Bayとは無関係なものであった。

Fredrikがその場を去ろうとしたとき、彼は突然に、問題が彼らのトラッカーと関連づけられてしまうのではないか、ということを理解し、サイトの完全なバックアップを開始した。コロケーション施設には65名の私服警官がいた。Fredrikは彼らにこう尋ねた。「どなたでしょう?ここで何をしているのですか?(”Who are you? What are you doing here?”)」それに対して警官は、「あなたはどなたですか?ここで何をしているのです?(“Who are YOU? What are you doing here?” )」と応えた。何度か質問をやりとりした末、最終的にFredrikは自身の名前を告げた。そして警官はこういった。「おぉ、あなたを捜していたのですよ。」

その後の取り調べでは、The Pirate Bayの3人はほとんど情報を明かすことは無かった。Anakataは、即座に彼の犯罪を白状したのだが、それは彼が2歳の時、スウェーデンの首相を殺したというものであった。それが警察が得た唯一の情報であった。現在、The Pirate Bayの設立者たちが違法行為を行っているかどうかは、法廷次第である。それまでの間、The Pirate Bayはオンラインで稼働を続け、ますます影響力を強めていく。

いつものように、今後検討している多くのプランがあるようで、PeterとFredrikはそうした話にも触れている。最も興味深いプランの1つとしては、トラッカーコネクションの暗号化であり、これはアンチパイラシー組織がユーザをスパイするのを防ぐものである。これ以上のことはいずれ明らかにされることだろう。PeterとFredrikの基調講演は、昨晩、携帯電話からストリーミングされた。それを保存したものをいかにエンベッドしておこう。音質は決して最適なではないが、見るに値する内容となっているだろう。講演は13分00秒から始まる。

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