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海賊党創設者「著作権による独占は財産権の制限だ」

以下の文章は、TorrentFreakの「The Copyright Monopoly Is a Limitation of Property Rights」という記事を翻訳したものである。

原典:TorrentFreak
原題:The Copyright Monopoly Is a Limitation of Property Rights
著者:Ernesto
日付:March 20, 2011
ライセンス:CC BY

著作権による独占は財産権ではない。財産権の制限である。著作権とは、人々が適法に購入したものの使われ方を制限する、政府に認可された私的独占である。

きわめて頻繁に、著作権ロビイが泥棒について、財産について、そしてコピーされることで彼らがどれほど奪われているかについて話すのを耳にする。これは、そう、間違いだ。著作権による独占は財産である、もしくは少なくとも財産権とほぼ同義であると信じ込ませるために、周到に言葉を選んで使っているのだ。

これは独占を正当化するための著作権ロビイのレトリックに過ぎない。彼らは、「著作権による独占」を「財産」といったポジティブな言葉と結びつける。しかし、実際に我々が独占を目の当たりにするとき、それは財産権の制限でしかない。

椅子とDVD、2つの財産を比較してみよう。

私は椅子を買う。お金を支払い、その椅子と領収書を受け取る。この椅子は、マスターコピーを元に、とある工場で大量生産されたもの。お金を渡せば、この椅子は私のものになる。同じようなものは他にもたくさんあるけれども、これは私のものだ。私はたくさんあるコピーのうちの1つを買った、領収書がその証拠だ。

この椅子のコピーは私の、私だけのものなので、私はありとあらゆる方法でこの椅子を使うことができる。分解して、新しい何かを作って、その何かを売ったり、あげたり、展示したり、投げたりできる。外に置いて、使う人からお金をもらうこともできる。構造を調べて、私の手持ちの材料であたらしい椅子を作ることもできる。その新しい椅子もどんな風にだって使える。もちろん、売ることだってできる。

これはすべて、財産であれば当たり前のことである。それが私のものであるなら、私は好きにすることができる。コピーを作ったり、売ったり、飾ったり、なんなりと。

余談だが、これは椅子に特許がないと仮定したときの話。しかし、椅子の発明から20年以上経っているとすれば、この発明に関わるいかなる特許も期限切れだ。したがって、この議論においては特許は重要ではない。

さて、次に映画を買う場合を考えてみよう。

私は映画を買う。お金を支払い、DVDと領収書を受け取る。この映画は、マスターコピーを元に、とある工場で大量生産されたものだ。お金を渡せば、この映画は私のものになる。同じようなものは他にもたくさんあるけれども、これは私のものだ。私はたくさんあるコピーのうちの1つを買った、領収書がその証拠だ。

この映画のコピーが私の、私だけのものであるにもかかわらず、私が望むようには使えない。誰かの手に握られた著作権による独占が、それを禁止する。映画を材料にして新しい何かを作っても、それを売ったり、あげたり、展示したりできない。誰かに使わせてお金をもらうこともできない。その構造を調べて、新しいコピーを作ることもできない。これらの権利はすべて、財産であれば当たり前であるべきだ。しかし、著作権による独占は、私が適法に購入したものに対して、私の財産権を厳しく制限する。

ある見方をすれば私はDVDを所有していることにあるが、別の見方ではそうはならない、というのはおかしい。財産という言葉には明確な定義があるし、領収書はいかなる解釈においても、状況において、DVDが私のものであることを示す。このDVDを形作るすべてのパーツが私のものである。しかし、著作権による独占は、私が、私自身の財産を使用する方法を制限する。

このことは、著作権による独占が本質的に悪であることを意味するわけではない。しかし、この独占は、財産権をないがしろにして守られるものなのだ。そうした視点に立てば、財産権を制限する著作権による独占が悪である、という結論に至るだろう。

財産権は不可侵であるという正当化によって著作権による独占を守ること、これは生命が不可侵であると正当化して殺人犯を死刑にするようなものではなかろうか。他にも、著作権による独占を擁護する、有効な正当化があって、その場合においてはこうした制限が財産権であるのかもしれない。しかし、そうしたロジックを積み上げていっても、その一連のロジックが有効になるわけではない。

TorrentFreakは隔週でリック・ファルクウインエのコラムを掲載している。彼はスウェーデン海賊党の創設者であり、大のウィスキー愛好者、単車乗り。彼のブログ http://falkvinge.net では主に情報政策について語られている。

Twitterアカウントは@Falkvinge 、Facebookは /rickfalkvinge

『モノ』にとらわれた考え方だと思うけどなぁ。あと、たとえ話って抽象度の高い議論には向かないよね。大概、都合のいいものがたとえとして選ばれるし、別の(暗黙の)前提が含まれていたりする。意図的かどうかはわからないけど、ミスリードを誘うものも少なくない。具体的な話をもっと具体的に、という場合には良いのだけれども。

少なくとも、デジタル時代の著作権を考えるにあたって、『モノ(DVD)』をたとえに出すのは、不誠実だと思った。

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Comment

aa | URL | 2011.03.28 16:39
いまでも、購入した正規CD/DVD/BDを、フリスピーとして使おうが、鳥よけに使おうが、物理的に加工して使うのは自由だとおもうけどね
ルカ | URL | 2011.08.14 22:06
流石に映画一本丸上げとかは規制があってもいいと思うけど、単に楽しむ目的での引用と、既存のものを加工して新しい作品を作るのは許すことには賛成
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