スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

減少するメディアのP2Pへの注目

原典:Slyck
原題:Media Focus on P2P in Decline
日時:October 5, 2006
著者:Thomas Mennecke

かつて、あらゆるニュース記事、雑誌において、ファイル共有の一側面が取り上げられた時期があった。それらの出版物が(ネット上、またはそうではなくとも)、一般的なニュースか、テクノロジー関連のニュースであるかは問題ではない。常に、ファイル共有に関する何らかの記事があった。しかし、それも今は昔、P2P革命がものめずらしく、みながそれに参加したがった頃の話である。

今日では、それもすっかり様変わりしてしまった。P2Pはもはや、インターネット上を突っ走る、衝撃的な反体制というものでもない。「ARESが50万ユーザを超えた」とか「衝撃的な新しいP2Pネットワークが立ち上げられた」といったレポートの多くは、ファイル共有の歴史を逆行させるようなものでしかない。

これに関連して、P2Pへの注目の終焉は、ファイル共有の成長を牽制するエンタメ産業の努力である。いったん、月刊誌などが訴訟運動を誇張するようなキャンペーンを展開すると、エンタメ産業はより局在的で、個人的な計画に転換した。この転換の結果は、ファイル共有への注目の低下と類似している。そうして、両者ともますます最終ページへと追いやられてしまった。

P2Pへのメディアの注目の低下は、主にファイル共有が生み出しているメディアのタイプに起因する。過去にP2Pがエキサイティングだったころ、インターネット媒体の熱心なファンたちは、どのファイル共有コミュニティが最速で成長しているか、どのネットワークがもっともファイルが豊富であるか、お気に入りのソフトの次バージョンはいつリリースされるのか、どんな新しく革新的な特徴を持っているのか、といった最新のヘッドラインを追いかけていた。

最終的に、ファイル共有のオーディエンスを魅了したP2Pネットワーク・クライアントはWinMXだった。その十分な情報共有能力を超えて、WinMXは、ナップスターのコミュニティ性を取り戻した数少ないネットワークの一つだった。当初からファイル共有コミュニティに参加していた人々は、ジャンルによって整理された大規模なチャットルーム、そこにいた数千のファイルを共有しているユーザたちを思い出すだろう。今となっては長きに渡って失われているこのコミュニティのメンバーは、膨大なカタログを閲覧することができ、それは新しい音楽を探し出す能力に革命をもたらした。

そうしてWinMXは、このナップスターのもたらしたコンセプトに再び活気を取り戻した。しかし、2005年9月に迎えたその緩やかな死は、ついにナップスターの名残を殺すこととなった。その中で、WinMXを復活させようとする試みもあった。しかし、その努力は、消えゆく運命にあったビザンティウムの西ローマ帝国を奪還するためのキャンペーンと歴史的に等価であろう。これは、膨大なファイルのカタログが存在していないということを言っているのではない。むしろ、コミュニティ性質は、BitTorrentや eDonkey2000といったindexingwebsiteに取って代わられたというだけのことだ。ナップスターの直系であるSoulSeekは、古き日のファイル共有のインターフェイスを持った唯一独立のP2Pアプリケーションである。

また、プレスによって取り上げられているニュースのタイプは、LimeWiresuperpeerに接続されるノードよりも、欠伸によって迎えられている。人々は、本当にSharman Networkの1億ドルの和解に興味はあるのか?BearShareが音楽業界に3000万ドルを支払わなければならないことが気になるか?著作権問題をクリアするというBitTorrent社の賭けにどれだけエキサイトする?それらについてのニュースに興味を持っている人も、中にはいるだろう。しかし、圧倒的大多数にとっては、それらの出来事はただ単に全く興味がないのである。「Gnutella vs.Gnutella2」、「WinMX4.0、近日リリース」、「eDonkey2000、100万ユーザを突破」といったヘッドラインは、P2P史上のランドマークであった-これらのタイプのストーリーは、ファイル共有者にとって、評価し、学ぶことができるものであった。

しかし、このような日々はもはや歴史としてみるのがよいのかもしれない。それはファイル共有やP2Pが死に瀕しているからではなく、実は全く正反対なのである。ファイル共有、P2Pはもうメインストリームとなり、インターネット文化としてゆるぎないものとなった。そして、伝えられるニュースは、他のインターネットメディアと同等の重要性を持って伝えられる。新しいe-mail POPのアップデートが発表されて、大騒ぎするだろうか?いつHTTPがカスタマイズされるだろうか?いつFTPの効率性が強化されるだろうか?多くの人にはそうでないにしても、数百万の人がこれらのプロトコルを日々使用している。そして、P2Pとファイル共有が、重要なインターネットプロトコルの領域であるこれらの媒体に加わったと言うとき、(一部の選ばれた人だけがそれを読むだろうけれども)技術革新や進歩にとって最良の日となる。

相変わらず、Slyckのこの手の記事は叙情的な表現でいいなぁと。

確かにかつてのようなアングラ的な扱われ方は、一部では未だにあるけれども、伝わってくる報道の多くは、かつてのアングラっぽいやり方から、次のあり方へのシフトに関するものや、過去の清算的なものが多い気がする。まぁ、いまさら新規に参入しようとしても、越えるべきハードルが多すぎて難しいってことなのかな。

海外での過去の記事などは目にすることがなかったので、具体的にどう取り上げられてきたのかは、正直よくわからないところがあるけれど、個人的な経験から考えると、ナップスターの崩壊の後、WinMX、eDonkey、BitTorrent、LimeWire、SoulSeek etcといったプロトコルやクライアントがどんどん出てきてメジャー・マイナーバージョンアップを繰り返してたころは、孫悟空ばりにワクワクしてた気がする。そんな時代もあったねと。

これまでの延長線上でP2Pのあり方を見ると、どうしても閉塞感があるというか。

先のグロックスター判決がP2P企業のあり方を根底からひっくり返し、仕切りなおしと過去の清算を求めているわけで、バージョンアップよりもこの先どうするかを企業としては考えざるを得ないのも致し方ない部分もある。各社それぞれ今後の先行きを考えながら、試行錯誤している最中といったところか。BTのように現状へのすり合わせをするか、 MXのように存続をあきらめるか、反発して裁判でまた争うか。

ただ、日本から見ればまだマシとも思える部分もある。ちょっと前の金子氏の逮捕やらnyでの情報流出やらの報道では、P2P・ファイル共有=悪、という図式で、違法ツール、悪意あるツールといったネガティブキャンペーンが張られた時期もあった。確かにWinny自体は、ある程度そういう使われ方を想定したものだったことは、疑いの余地もないけれど、P2Pやファイル共有自体が悪であるというわけではないのだが、「使わないようにしましょう」「あまりよくないものには触れないようにしましょう」という感じで、なんとなくで収束してしまっている。

もちろん、これまでのように違法な使われ方が続くというのも、あまりよろしくないのも事実。今後、それは是正されていくだろうし、そうなるべきだとも思う。それと同時に、現行の著作権法が時代にフィットしていないというのも明らかになってしまった。P2Pの問題とは別問題にはなるけれど、ある意味では、P2Pが浮き彫りにした問題ということで、今後も気になる話題ではある。

Trackback

Trackback URL
http://peer2peer.blog79.fc2.com/tb.php/3-cb9450e8

Comment

Comment Form
公開設定

プロフィール
heatwave Author
:heatwave

RSS Jamendo twitter tumblr Creative Commons Attribution 2.1 Japan
ブログ内検索
記事リスト
最新の記事
全記事一覧
他所で書いてるブログ

P2Pとかその辺のお話@はてな

アーカイブ

カテゴリー
最近のコメント
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。