2006.11.07 Tue
RIAA、Santangeloの子供たちを標的に:Kazaa著作権侵害裁判
原典:p2pnet.net
原題:RIAA goes after Santangelo kids
著者:Jon Newton
日時:November 2, 2006
URL:http://p2pnet.net/story/10296
全く持って文字通りの「生き地獄」がニューヨーク在住のPatti Santangeloの生活に降りかかっている。Warner Music, EMI, Sony BMG and Vivendi Universalは、その矛先を彼女の二人の子供、MichelleとRobertに向けている。そして、レコード団体各社はRobertの親友を脅迫し、Robertにとって不利な証言させるくらいにまで、いたっている。
「クリスマスまでたった6日というのに、4大メジャー(the Big Four)は、オンライン上でファイル共有をしているとされる人々への奇怪な攻撃を続けるために、子供たちですらその攻撃対象として利用することに没頭している。」とp2pnetは昨年報じた。なぜなら、彼女の子供たち、Michelle, Nicole, Bobby Jack, Ryanに迫りつつあった脅威が、RIAAであったからである。
Organized Musicカルテルのメンバーである4大メジャーは、(ファイル共有ユーザへの)追撃の制御が利かないほどに激高している。そして、彼らは、世界中の無罪の男性や女性、そして子供たちでさえも、故意に、抜け目なく脅迫し弾圧する。脅迫された人々は、4大レコードに立ち向かうべくもない。4大レコードには、数億ドルの潤沢な資金、政治・メディアとの腐ったつながり、弁護士軍団・・・すべてにおいて不利な地獄の中で希望をもてるような状況ではない。
『競争』という言葉は、Warner Musicほか各社にとって不愉快な言葉だろう。どのように、誰によって音楽がオンラインで配布されるべきかという、音楽業界の全体の制御を得ることを確固たる物とする彼らの努力の不可欠な部分として、『競争』がある。大手レコード各社は、自らの消費者を『犯人』や『泥棒』と称して訴えており、その際、メインストリームのメディアは、4大メジャーの主張をただ繰り返し、それをあたかも信頼性の高い情報源による証明された証拠であるかのように報じ、4大メジャーの行為を促進、助長する。
ほぼ1年前、p2pnet読者は、4大レコードに立ち向かうPatti Santangeloを助けるためにできることをすると決意した。そして、読者からのPatti Santagelo Fight Goliath1 defence基金への寄付は、これまでに14,299.41ドルに達した。
しかし、誰がMichelleとRobertの法定代理人として、法廷に立っているのか?この記事を書いている時点では、誰もいない。しかし、それも長くは続かないだろう。彼らは今すぐにでも、資金を必要としている。もし、あなたが彼らを助けようと思うならば、1ドルでも、2ドルでもFight Goliath基金−個人的にはSantangelo基金と改名したほうが良いと思うが−に寄付してほしい。
'Hard fought discovery and investigation'
4大レコードが、彼らの弁護士チームRobinson & ColeやHolme Roberts & Owenを通じて、2人のSantangelosについて以下のように述べている。
Patoricia Santangeloや被告による、積極的、パブリックな場での著作権侵害への関与の否定にもかかわらず、そしてその否定は1年にもわたって繰り返されてきたが、彼らの自身から、そして他の目撃者からの証拠によって、被告は、本件における1,000を超える楽曲をそのような共有プログラムを用いたダウンロードと配布による侵害に対して責任があると決定的に確認された。
そして、
1年に及ぶ激戦と高額のDiscovery(証拠開示)2、調査の後、原告は、両者とも本件において重度の関与をしたということを発見した。実際、彼らの先の関与の否定にも関わらず、被告Michelle Santangeloは、今、宣誓して、原告の重要な著作権利益の進行中の甚大な違反を認めている。同様に、Robert Santangelo, Jr.は、、宣誓の中で、彼が本件の侵害には関与していないと証言したけれど、彼の以前の友人と親友が、どのようにして、彼とRobertが一緒にファイル共有プログラムをダウンロードし、それを配布したのかを、詳細に証言している。(隣人は、原告の彼に対する主張に対し、和解金を支払うことで原告と和解し、本件でも提示されている禁止措置等にも同意している。)
これだけを聞くと、あたかもMichelleが裁判の間に(そう)証言していたという印象を与えられる。しかし、実際には、それは、Deposition(証言録取)3の聞き取りに過ぎないであった。Depositionとは、米国において、原告、被告の両者が来るべき裁判のために、互いに情報を得ることを目的とするDiscoveryプロセスの一つである。Patti Santangeloの弁護士Jordan Glassは、その場に同席していたが、Michelleのダウンロードを"認める、または事実として認める"といったかどうかは覚えていない。彼女は現在20歳だが、RIAAが最初に彼女と弟をターゲットにしたのは、彼女が16歳のころ(Bobbyにいたっては12歳)である。さらにこの種の文書でなされる主張は、決して証拠とはならない。実際、法外な恫喝弁護士が行う、彼らのクライアントの犠牲者の態度を軟化させるためのプロセスの一つとして手紙を送ったり、emailを送ったりするということよりも、わずかばかりマシ程度のものである。
The labels: haemorrhaging credibility and customers レコードレーベル:信頼性と消費者を失うこと
過去、人々はラジオやビニールディスク(レコード)から音楽をテープ録音し、それをパーソナルユースしたり、友人に回したりしていたことと比較しても、ファイル共有は、現在決して窃盗という形態ではない。ミュージックラバーは昔も今も同じことをしている。しかし、このデジタルな21世紀では、音楽トラックは、レコード店から合法的に購入されたCDから来るか、ダウンロードされてくるか、というものになっている。
Warner Music, EMI, Sony BMG and Vivendi Universalは、音楽が共有された結果、セールスは失われたと、あたかも、ダウンロードされなければ、その人は必ず購入していたかのように主張する。しかし、それが40年代、50年代、60年代、70年代、80年代、90年代にもあったように、現在でも現実は同じなのだ。つまり、好ましいものを聞いたならば、どのようなルートから聞いたのであれ、人々はそれを買いに行くだろう4。
一方、レーベルは、粗悪な製品、間違ったビジネス決定、間違ったマネジメント、そして悪趣味ゆえに、全体としても、それぞれ単体でも、信頼性と消費者を失っている。
最緊急課題である「プロダクションと音楽配信を支配する4つの大手企業のために−Universal, Sony/BMG, Warner and EMI」はもはや遠いかなたである。彼らは、ネットを受け入れるのが遅かった。「そのことは彼らの機会ではなく、彼らへの天罰のようだ」とはEconomist誌である。
それは2004年にさかのぼる。「彼らの商品をファイル共有アプリケーションにおくより、彼らは無料ダウンロードユーザを泥棒として起訴している5」と言い、オンラインミュージックは「飛び立つかもしれない、もし、大手レーベルがファイル共有ネットワークと休戦することになれば。」
商業的P2P企業と和解することは、本当に知的な行為であっただろう。しかし、それは、彼らを競争相手として認め、受け入れることを意味した。そうできなかった代わりに、4大メジャーは、彼らの競争相手に対して、自らの消費者にしているのと同じことをしている:つまり、訴訟で押しつぶすのだ。
'Hundreds of millions of wicked file sharers' 数億もの不正なファイル共有者
私は、Santangelosを1年以上の間、知っているし、彼らとの関係はあなたと私といったような感じだ。レーベルは、何億もの不正なファイル共有者によって「壊滅的打撃を受けて」(彼らの言葉)いることで、自らの首を何とか水の上に出している正直で、侵害されている企業であることを考える7と、Santangelosは犯人でも泥棒でもない。実際に、ここで壊滅的な打撃を受けている唯一の人たちは、Warner Music, EMI, Sony BMG, Vivendi Universalに訴えられている家族だろう。
訴訟は非常に恐ろしい。普通の人々であり、普通の手段しか持たない犠牲者たちは、何をすればいいのか、どのように反応するればいいのか、どのように法的援助を見つけるのか、それを見つけたとしてもどう支払えばよいのか、何一つわからない。
そして、その上に、彼らは4大メジャーに代わって支払いを強要しようとする、いわゆる和解センターによって、絶えず悩まされる。一部の人は、幸運にも無料の弁護士を見つけることができるかもしれない。
しかし、そのようなことは非常にまれであるし、いずれにしても、無料弁護士によってなされるサービスは、4大メジャーによって雇われた弁護士、莫大な資金を背景にした"金をかけたDiscovery7と調査"プロセスと比較すると、とても同じレベルにはないだろう。
しかし、ミュージックラバーは、4大メジャーに依存しない。それは全く逆であり、もはやWarner Music, EMI, Sony BMG ,Vivendi Universalによる、この種の自分たちだけが無傷で済む企業テロリズムのようなイカサマは通用しない。
かつて、彼らは国際的な記者団をコントロールしていたものだが、今日となっては、ネットのおかげで、世界中どこにいても、誰しもが、情報提供者なのである。そこで、4大メジャーには次のことを心に留めておいてほしい。
Critical mass8.(臨界質量)
訳注1:Goliath、旧約聖書に登場するペリシテ人の巨人兵士。羊飼いの少年ダビデの投石により倒される。おそらく、4大メジャー(ゴリアテ)を、ネットユーザの支援を得たPetti(羊飼いの少年)が知恵を持って倒すという意味合いがこめられているかと。
訳注2:Discovery(証拠開示)
当事者双方が事件に関する情報を開示し、互いに情報を収集するために公判前に行われる法廷外の手続。一方の当事者から不意に重大な証拠が提出された場合、あらかじめ準備されていないと他方が十分に反論できないことになる。このような事態を防ぎ、公平な審理を行うための制度。
一般に、米国における訴訟では、弁護士のコストの80%が、このDiscoveryに費やされているといわれる。Discoveryは、相手方への捜査でもあり、相手方の保管している証拠を提出させたり、取調べとも言えるDepositionを行うこともできる。ここで得られた証言は、審理においても提出することができる。そのため、このDiscoveryに労力を注ぐほど、公判を有利に進めることが可能となる。しかし、このDiscoveryは非常に労力やコストがかかるため、多額の弁護士費用がかかる。本件では、その点でPettiたちが圧倒的劣勢に立たされる。
訳注3:Deposition(証言録取)
Discoveryの手段の一つ。供述人や証人から、直接、質問状に対する回答として証言を得るもの。一種の取調べとも言える。米国における裁判では、伝聞証拠を事実認定に用いることは原則として認められていない。その理由としては、伝聞証拠(近隣住民がこう言っている、という類の証言)だけでは、提示された側が反対尋問できないという問題があるため、そのような証拠を裁判において提出するためには、裁判前のDiscoveryにおいて、証人や供述人に宣誓させた上で回答を得ることで、裁判に用いることができる。
訳注4:テープであれ、ラジオであれ、CDであれ、MDであれ、現在のダウンロードであれ、どんな手段で音楽を聴いたとしても、気に入ればそれを買いに行く。ダウンロードだけが、あたかも購買意欲を削いでいるかのような音楽業界側の主張は、これまでの音楽文化を否定しているといえる、といってるのかと。
訳注5:このリンク先に書かれているわけではないが、音楽業界のネット上の最初の大きな失敗は、Napsterを随意反射で訴えてしまったことだとも言われている。なぜなら、Napsterをうまく利用し、ビジネスモデルにのせることで幾許かの収益を得ることが出来たためである。そして、おそらく、音楽業界自体もファイル共有による打撃の小ささは知っているはずである。その上で利用しなかった点は、悔やまれる部分であろう。その反省から、YouTubeの一件も闇雲に訴えるのではなく、利益を上げる方向で対処しているようだ。
訳注6:ものすごい皮肉。逆の意味で読んで下さい。
訳注7:訳注3にもあるとおり、Discoveryを丹念に行うためには相当な費用が必要になる。しかし、そうすれば審理を非常に有利に運ぶことが出来る。
訳注8:クリティカルマス:多くの人に受け入れられる価値を達成するために最小限必要とされる活動などの人数の多さや規模の大きさのこと。 この文脈から考えると、4大レコードに反旗を掲げる活動はネットにおいて行われており、今日では、そのネットも社会を変えうる臨界質量に達しているぞ、というこれまで既存のメディア支配をしてきた4大レコードの手の及ばない場所にいるんだ、そして社会を変えうる力を持っているんだ、と宣言しているようなものかと。
冒頭にも書いたけれど、4大メジャーのしていることは、道理にはかなっていると思う。違法なファイル共有によって著作権を侵害され、それによって(いくらかはわからないけれど)損害が生じた、賠償せよ。それは理解できなくも無い。しかし、感情的に考えると、いささか納得しかねる。道理にかなっているからといって、そこまで追い詰めてよいものだろうかと。著者が言っている、現在行われているダウンロートとレコードやラジオのテープのカジュアルトレードは同じだとは思わないけれど、そのようなグレーゾーンがあってこそ、ここまで音楽という文化が熟成されてきたのではないだろうか。そう考えると、音楽がここまで人をかんじがらめにしてしまってよいものかと疑問に思う。音楽は、優しい気持ちにしてくれるものであったり、安らぎをくれるものであったり、鼓舞してくれるものであったり、熱狂させてくれるものであったり、そして自由をうたうものでもある。決して、今のファイル共有の全てがベストでもベターでもあるとは思ってはいないし、ならどうすればいい?という問いにはなかなか明快には回答できない。
ただ一つだけ明確にいえることは、今、業界団体がしていることは、音楽にとってワーストであるということである。
| ネットと訴訟 対ユーザ
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