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スナック経営者著作権侵害事件から考える音楽業界のあり方

東京都内のスナック経営の男性が、経営するスナックでビートルズの楽曲を無許可で演奏していたとして、著作権法違反容疑で逮捕された。ここ数年、JASRACによる中小規模の飲食店や施設からの、強引ともいえる徴収が問題となっており、この事件もその一つであると考えられる。JASRACの行為は法律にのっとったものであり、それ自体は不正な行為ではない。しかし、リスナーの感覚、感情からすれば、決して納得のいくものではない。少し長くなってしまうが、この事件を通じて、私が考える音楽業界とリスナーが抱えている問題を記したい。

原典:毎日新聞
題名:著作権法違反:ハーモニカ演奏のスナック経営者逮捕 東京
著者:曽田拓
日時:2006年11月9日
URL:http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20061109k0000e040069000c.html

日本音楽著作権協会が著作権を管理する曲を無許可で演奏したとして、警視庁石神井署は9日、東京都練馬区石神井町、スナック経営の男性(73)を著作権<法違反容疑で逮捕した。

  調べでは、容疑者の男性は今年8月から9月にかけ、自分が経営するスナックで、女性のピアノ奏者とともに、ビートルズの「ヒア ゼア アンド エヴリホエア」や「イエスタディ」など同協会が著作権を管理する33曲をハーモニカで演奏した疑い。容疑を認めている。

  同協会によると、容疑者の男性は以前から無許可演奏を繰り返していたため01年に東京地裁に演奏禁止の仮処分を申し立て、仮処分決定が出た。その後も演奏をやめなかったため、今年9月に協会が刑事告訴していた。

現在は権利が尊重される時代であり、権利の及ぶ範囲であれば、その権利の侵害に対して声を上げれば、全て違法とされるか、そうでなくても是正されなければならないという状況にある。してよいこと、してはいけないことの境界線がさまざま事柄において厳密に引かれている。

では、過去はどうであっただろうか?確かに、法が存在する時代においては、多くのこと、とりわけ権利や主張がぶつかりそうな領域において、現在と同じように境界線が引かれていた。しかし、状況は現在とは異なっていただろう。それは、互いにその境界線ギリギリまで出て行くということをしなかったから、とも考えられる。言い換えると、境界線の前後に緩衝地帯、グレーゾーンがあったということである。もしくは境界線の解釈に余裕を持たせていたともいえる。曖昧ではあるが、しかしそれによって物事は円滑に進む。下手にやりあうことは互いの利益にはならない。そして、一部の人間が、多少そこを踏み越えたとしても、全体として緩衝地帯をはさんでの均衡が取れていればよかったのである。もちろん、度を越したものについては、是正されるべきであるという考えもあっただろうが。しかし、その時代も終わってしまったようだ。

なぜだろうか?考えられることとして、近年みられているような、過度の社会的潔癖さや権利意識などがあげられるかもしれない。しかし、それはこの状況を促進させるものではあっても、根源的な原因ではない。結局のところ、この問題の根底にあるものは「お金」である。

金目当てであるからといって、この男性を擁護するわけではない。この事件において、JASRACの取った行動は、法的観点から妥当なものであることは否定しない。ただ、私が言いたいのは、そのような法的な問題妥当性ではなく、感情的に許容し得ないということである。

以前にも述べたことがあるが、音楽とは感情的なものである。我々の耳にしている音楽は形を持たない。にもかかわらず、それを感じ、決して生きていくうえで必要なものではないにもかかわらず、それに価値を見出す。そして、それに対価を支払う。それが、音楽が芸術として、生存に必要はなくとも生活に必要なものとして、保護されている所以であろう。

しかし、その価値は永遠不変に一定のものではない。音楽を支えているのは、音楽を感じ、そこに価値を見出してくれるリスナーである。もちろん、音楽ビジネスもその人たちに支えられている。もし、その人たちが音楽に価値を見出さなくなったら、音楽も、音楽ビジネスも成り立たない。もちろん、時代が変わったとしても、音楽が無価値になるということは決してない。しかし、その価値が支払われる対価と釣り合わないと感じるくらいに、価値が低下してしまうことは十分にありうる話である。その一方で、既存の音楽業界や権利団体は、その価値を永遠不変の一定のものであるかのように思っている節がある。

最近の傾向として、音楽は「オマケ」となりつつあるように思われる。特に音楽バブル華やかかりしころからその傾向が強まってきたように感じられる。その頃は押しも推されぬカラオケブームであった。自分の大好きな曲をカラオケで歌う、そのこと自体は素晴らしいことだ。しかし、実情はカラオケで歌うために音楽を聞くという状況であった。それを示すように、カラオケブームが収束したとともに音楽業界も閉塞状態に陥っている。それは当然のことだろう。音楽業界自体が、カラオケで歌うための曲を量産したのだから。また、ウォークマンをはじめiPodのような携帯ミュージックプレイヤーの普及が、音楽スタイルを変えてしまったようにも思える。それ自体は、音楽愛好家として持っていて当たり前のものであるし、音楽を聴く機会を増やしてくれるものであるけれど、結果として、音楽を聴くというスタイルを、音楽を聞くというスタイルへと変えていっているかもしれない。もちろん、全員に当てはまるものではないけれども。そして、今現在、音楽がオマケとなってしまったことを象徴と思われるのが、着うたである。着うたが爆発的にヒットしているということであるが、個人的にはそれはカラオケと同じ現象であると考える。自己呈示の手段として用いられているだけであって、本当に音楽が愛されているとは到底思えないのだ。もちろん、いつの時代であれ音楽が自己呈示の手段として使われ方をしてきたし、それ自体の意義を否定するつもりも無い。ただ、結果として、音楽業界自体が、音楽を愛する人たちに向けてではなく、お金を支払ってくれる人に向けての、安易な戦略しか立てられないということを問題視しているのである。

しかし、それも長くは続かないだろう。それは、音楽ビジネスを支えてきた既存のマスメディアによるメディア戦略が、今後は通用しなくなることが考えられるためである。次世代のメディアはユーザに選択肢がある。今までのように否応無くアピールを受容しなくてはいけないというわけではない。ユーザが嫌だと思えば、それを受容する必要など無いのだ。そんな時代に音楽が文化として、芸術として生き残っていくためには何が必要か。

それは、音楽が、音楽として人々に愛されることだ。人々が音楽にふれ、そこから色々なことを感じ、そこに価値やスタイルを見出す。それこそが、音楽を真に発展させることになる。決して、リスナーが小難しく音楽のことを語るとか、熱い情熱を持つということではなく、日々の暮らしの中で音楽を必要とするとか、ちょっとしたときに音楽を聴きたいと思うとか、その程度のことである。それには、出来る限り音楽との接点を持たせることが必要だ。音楽の魅力とは、音楽を聴いてこそ醸成される。しかし、現状ではそれすら危ういのではないだろうか。

このような事件を見るにつけ、ますます音楽が閉鎖的になっていくように感じられてしまう。お金を払う気が無いならば、聞かなくてもよい、そのような状況だ。このままでは負のスパイラルは避けられないだろう。音楽を聴く機会を排除し、その一方で人々の感じる音楽への価値は低下を続ける。互いに促進しあうことは、音楽業界の衰退を招くだろう。

音楽業界は、業界全体の低迷を真摯に受け入れるべきだろう。ネット配信という美味しい餌に浮かれている暇があったら、過去の不良債権、つまり失われた音楽の価値を取り戻すことに取り組むべきではないだろうか。そのためなら、多少の懐の広さを魅せることも必要になるのではないだろうか。少なくとも、著作権法は親告罪である。音楽業界団体のさじ加減一つで、いくらでも、なんとでもなるものである。

音楽ビジネスは目的ではなく、リスナーにとっては音楽を届ける手段でしかない。もちろん、そのような手段が存在することが、円滑にリスナーに音楽を届けることに貢献している限り、それを否定はしないし、音楽そのものだけではなく、そのビジネスにも対価を支払うこともやぶさかではない。そして、ネット上での違法な音楽共有が全て許されるべきだとも思ってはいない。しかし、目的のために手段が阻害されているというのが現状だ。それに音楽ビジネスを考えでも、今得られる利益ばかりを追いかけて、近い将来に得られる利益を失うことは、得策ではない。

音楽を支える人たちは、それをビジネスをしている人だけではない。確かに音楽業界や権利団体も音楽を支える人たちだ。しかし、音楽を楽しむ機会を提供し、音楽を愛する人たちを増やす、音楽を愛する人たちを継続して音楽の虜にする人たちもまた、音楽を支えている人たちなのだ。確かに、それには限度があるだろう。しかし、私にはこの男性がその限度を越えているとは思えないのだ。音楽ビジネスに必要なのは、バランス感覚だ。音楽を愛する人たちを増やし、その人たちを満足させることと、その人たちから利益を得ることのバランスを欠けば、その両方が失われることは明白であろう。

音楽業界が法を持って主張するならば、私は理想を持って主張したい。私にそのような姿勢を教えてくれたのは、他ならぬ「音楽であるのだから。

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