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TorrentSpy弁護士 Ira Rothken:「著作権保護には大賛成だ、だが著作権過剰主義には反対する」

現在、MPAAとの訴訟を繰り広げているTorrentSpyとIsohunt、その弁護人であるIra Rothkenが、現在の著作権法とそれを取り巻くエンターテインメント産業に対する強い主張をしているよ、というお話。彼ら弁護士たちのインターネット上の著作権に絡んだ裁判での役割といえば、エンターテインメント産業を代表するか、それともエンターテインメント産業に訴えられた人を代表するか、の二択であるといっても過言ではないだろう。通常であれば、前者の方が遥かに勝ち目があるし、金にもなる。しかし、Rothkenは後者の側に立って勝ち目のない戦いを引き受けるのだという。

原典:CNET News.com
原題:TorrentSpy lawyer battling 'copyright extremism'
著者:Greg Sandoval
日付:July 31, 2007
URL:http://news.com.com/TorrentSpy+lawyer+battling+
copyright+
extremism/2100-1030_3-6199730.html

Ira Rothkenはテクノロジーにおいて過激な答えを持っている。シリコンバレーでいえば、Johnnie CochranかWilliam Kunstlerといったところ。

巨大メディア複合企業に著作権侵害で訴えられた技術系新興企業は、だいたいRothkenに頼る。彼は、医学研究者から弁護士に転進したという経歴を持つ。彼は、エンターテインメント帝国に強く反発し、勝ち目のない著作権裁判(たとえばRecordTV、ReplayTV、MP3Board.com)などでの頑健な抵抗などによって、有名になった。彼のこのような奮闘に、web上のでユーザの権利の代名詞ともなっている権利擁護団体、電子フロンティア財団(EFF)から称賛を送られている。

「Iraは、力の弱い人々への強い洞察を持っています。彼はこれらの困難な闘いを楽しんでいるのでしょう。私はしばしば人々に彼を紹介します。」とEFFの上級顧問弁護士Fred von Lohmannは語る。

44歳のRothkenは、重要な判例となりうるケースにおいて、障壁に立ち向かっているある企業を守ってもいる。昨年、米国映画協会(MPAA)は、、TorrentSpyに対する著作権訴訟を起こした。TorrentSpyの検索エンジンは、ファイル共有ユーザによって、著作権が侵害された映画を見つけるために利用されていた。5月、連邦裁判官は、動作hに対して、サーバのランダムアクセスメモリ(RAM)を保存し、そのユーザ情報を提出するよう命じた

法律の専門家によると、法廷はこれまでRAM(コンピュータの一時的なメモリ)を、生成され、そして民事訴訟において訴訟当事者に提出しなければならない具体的な文書であると判断したことはないという。Rothkenは、上訴を提出し、8月13日にこの判決を翻すようロサンゼルスの米国連邦地裁裁判官を説得しようとしている。

また、一部の法律専門家は、インターネットの匿名性もまさに危機に瀕しているのだという。企業が民事訴訟に際して、RAMデータをいかなるときにも提出するよう強制されることが可能となれば、米国のwebサイトはユーザデータを共有しない、というポリシーを掲げることができなくなると、Rothkenはいう。

(訳注:今回のケースで)Rothkenの勝つ見込みは、これまで彼が扱ってきたケースと同程度のものだろう。オッズは著作権者を支持するだろうと、Rothkenは語る。「この国の著作権法はドラコニアン(極めて厳しく)であり、著作権保有者に劇的にゆがめられていますから。」と彼は言う。

最近まで、ほとんどの弁護士はこれらのケースに関わろうとしなかった、とvon Lohmanはいう。

まず、(訳注:このような裁判の弁護を依頼する)彼らには多くのお金がない。新興企業は一般的に、弁護料に多くを費やすことができない。また、それだけではなく、理解(訳注:が困難である)ということや、しばしば複雑な技術的問題を裁判官に説明しなければならないという問題がある。最後に、そこには、敵が強力であるということがある。通常、相手の急所を着くことで有名な音楽、映画産業のために働くエンターテインメント弁護士を撃破しなければならない。

MPAAとRIAAの代表は、この件に関するコメントを辞退している。

ビッグガンとの戦い

エンターテインメント産業に対抗するのがどれくらい難しいのを考えるためには、Rothkenがこれまで取り組んだ複数の勝ち目の薄い著作権裁判の結末を見るといいかもしれない。RecordTVやReplayTVは審問前に資金がつき、MP3Board.comは和解することとなった。

新興企業が公判にまで進んだとき、裁判で生き残ることができるかどうかについてはわからないが、Rothkenは、裁判費用や紙面での悪評を背負うことは助けにはならなかったと語る。

財政的なプレッシャーを利用することは、ハリウッドの戦略の一部分でしかない、とRothkenはいう。別の戦略としては、その企業と同様に創設者本人を訴えるというのがある。2000年、RIAAが音楽ファイル検索エンジンのMP3Broad.comを著作権裁判に訴えた際、同様に企業の創設者も訴えた。

彼ら自身の所得を失う代わりに、MP3Broad.comの運営者たちは和解を選び、MP3ファイルへのリンクを止めることにしたとRothkenは言う。

TorrentSpyのライバルでもあり、同様にMPAAから著作権侵害を訴えられているIsoHuntは、Rothkenのクライアントでもある。創設者、Gray Fungはこう語る。「私はMPAAの戦略について語ることはできません。ただ、彼らは、我々以上にお金も時間も持っているということを、よく知ってます。」

Rothkenは恐れてはいないようだ。von Lohmannによると、Rothkenは良心的な弁護費用で、クリエイティブで、そしてタフゆえに、多くの需要があるのだという。

MPAAがTorrentSpyを訴えた後、Rothkenは、MPAAの企業スパイ活動に対して反訴を提出している。彼は申し立てにおいて、MPAAは、TorrentSpyとの訴訟を有利する機密情報を盗むためハッカーを雇ったと主張している。その訴訟は未だ審理中である。2003年にRIAAがファイル共有ユーザに対して恩赦を与えるとアナウンスしたとき、Rothkenはそれを『shamnesty(訳注:shamは詐欺師、とか騙しの意。それと国際人権団体アムネスティとかけているのかと。 )』と揶揄し、詐欺的商行為として訴えた。

RIAAは最終的に和解し、RIAAの恩赦プログラムは縮小し、Rothkenにその訴訟費用を支払うことになった。

彼のアグレッシブさが、ある部分では、FungやTorrentSpyの創設者、Justin Bunnellを惹きつけた。

「私は、多くのエンターテインメント弁護士が、スマートで献身的な敵と戦うことに慣れていないと感じています。」とvon Lohmann。彼は、2001年に著作権侵害で訴えられたStreamcast Networksを弁護した。「彼ラオほとんどは、大手の映画スタジオを弁護します。そして、彼らが小さな企業を脅迫する際に、それらを転がすことには慣れているのですが。ただ、Iraはそういうタイプの人間ではありません。」

ただ、Rothkenは、彼が著作権法の改革論者であるということを否定する。彼が著作権者に抵抗することで多くの見出しが作られているけれども、彼自身、著作権システムの投資家でもある。彼のNovacというカリフォルニアベースの法律事務所では、ビデオゲームのライセンス取引の交渉を請け負っている。

「私は、著作権法反対運動に組しているわけではありません。」とRothken。「私たちには著作権保護が必要ないなどということは決して言うことはないでしょう。強固な著作権法は、強力且つ創造的な経済にとって必要不可欠なものです。つまり、米国の知的財産法に進化が起こることを望んでいるということです。」

著作権弁護士が、権利所有者を代表するのと同様に、それらの侵害の被告人を代表することも珍しくはない。しかし、この二重の役割がしばしば彼を複雑な状況に置く。ある人は、Rothkenのテレビゲーム(ライセンスの)クライアントが、彼が著作権侵害で訴えられている被告人を代表することに反対するのではないかと疑問に思うかもしれない。

Sam & Maxやその他のゲームのクリエイターで、Telltale GamesのCEOでもあるDan Connersは笑いながらこう言う。「確かに、それらのサイトに私のゲームがあるのを見るまでは知りませんでしたね。ただ、Iraがそれを削除してくれたので、そんなに悪くもないかなと思ってますよ。」

Telltaleの出版、ライセンス契約交渉を請け負うRothkenは、著作権所有者を代表する方が、遥かにお金になるということを認める。それでも、彼は子供のころからコードを書き続け、そして革新を信じている。もう1つの動機づけは故Jack Valentiである。

1982年、議会の委員会において、VCRをボストン絞殺魔と揶揄したのは他ならぬ銀髪の前MPAA会長Jack Valentiであった。

「ハリウッドは、ビデオレコーダーとホームレンタルビジネスで数十億ドルの利益を得ています。(訳注:しかし)彼らがテクノロジーを殺すのに成功したことで、利益を得たためしなどはないのです。」

彼が代表するサービスは、海賊に好んで利用されている一方、そのテクノロジーには合法的な用途があると主張する。

「私は著作権保護に大賛成です。しかし、著作権過剰主義には反対なのです。」とRothkenは言う。「ハリウッドは、これらのサイトが著作権侵害目的で利用できるため、抹殺されなければならない、といいます。私たちが言っているのは、『ちょっと待って、このサイトは非侵害的な用途にも利用できるんですよ』ということです。私たちが求めているのは、よりよいバランスなのです。」

いや、すごい人だね。確かに彼自身の打算や思惑がないとも言い切れないところはあるが、それでも彼が理想に基づいて行動していると私は思う。

著作権の保護はおそらく社会に必要なものなのだ、ということは理解できる。しかし、そのバランスが適切であるか、ということとは別に議論されなければならないものなのだろう。裁判に限らず、著作権によって利益を上げる側は、概して彼らの利権を拡大する際に、それに反対するということは著作権の保護を軽視しているのだ、という安直な二元論を持ち出す。しかし、現実はそうではない。問題は、どこまで保護することが必要で、どこからが過剰となるのか、その明確な線引きである。著作権に関して言えば、著作権を利用した利益を制度的に拡大することは、たいていの場合利用者からより多くの金額を巻き上げることを目的としている(利用のコントロールの最終的な目的もそこにあるのかと)。

個人的には、弁護士の側がそのようなバランスを訴えてくれるというのは非常に望ましいことだなぁと思う。現実として、それほど経済的余裕がなく、それによって活動が制限される側につくことがどれほどリスクが高いことかは想像に難くはない。それでもその側を代表する、というのは社会にとっても非常の望ましいことなのだろう。

にしても、経済的、時間的、資源的、戦術的にもエンターテインメント産業には相当なアドバンテージがあるのだな、と感じる。もちろん、ここに挙げられたのは、ここでの文脈に合わせた一握りのケースなのだろうけれども、結局は裁判が行われたとしてもフェアな議論が行われるわけではないのだ。産業側は、その主張云々以外の部分でのプレッシャーをかけ、それによって勝利を収め、それを元に自らの正当性を主張する。

更に制度的な面でも、その経済的、時間的、人的アドバンテージを生かして、より自らの都合のいい制度を作り出す。そりゃバランスが崩れてもおかしくはない。

ただ、著作権に関する議論が著作権保有者側に有利に働く、というのは、決して彼らの戦略がうまいというだけではない。著作権に関する議論が一般的にはそれほど重視されるものではないからだ。確かに著作権周りの問題を重視、議論する人も多い。しかし、一般的なレベルで言えばそれは少数派以外の何物でもない。残念なことに、「著作権の過剰な保護」から人々を保護することは、直接経済的な利益を生み出すものではない。もちろん、安易に著作権の保護を拡大することなどよりも、より社会的なメリットを生み出す場合もあるのだが、それは間接的に社会に還元される。簡単に言えば、多くの人が気付きにくいけど、みんながその恩恵にあやかれるといったもの。

結局は、そういうこともあって、直接的に利益を感受できる側の声が強くなるわけだ。かといって、みんな著作権問題に関心を持とうぜ、という呼びかけても、多くの人はそれに反応してくれることはないだろうしねぇ…。

確かにインターネット上では、比較的著作権問題が議論されていはいるけれども、それでもインターネット自体がメディアであるために、著作権の問題を常にはらんでいるという構造に由来しているのだろう。インターネットの利用が促進されて、その問題が多くの人にとって顕現化されるといいのだけれどもね。まぁ、著作権に対する関心の低さ自体が、エンタメ産業なんてそれくらいのものだ、ってことなんだろうけど。ただ、その業界の舵取り一つで自分の趣味があまり好ましくない方向に進んでしまうことは、やっぱり嫌だなぁ。

話は変わるけれども、このRothkenはTorrentSpyの弁護を引き受けている。個人的な推測でしかないのだけれども、FileRightsなどが開始された背景にはこのRothkenがいるのだろうね。おそらくは、裁判を闘う上で、TorrentSpyやIsohuntを有利にするものとして、このような著作権者の意思がダイレクトに反映されるフィルタリングの導入を行ったのだろう。確かにこれはRothkenの主張するように適切な著作権保護の1つの形であると思う。しかし、それが濫用される可能性があることを考えると、その被害にあわないということも著作権保護の1つの形としてあるべきだと私は思う。

もちろん、これを著作権保護を抑制するための詭弁だとも思われる人もいるかもしれないが、私は結構本気で思っているわけです。守られるべきは、商用著作権ばかりであってはいけないと思うんだけれどもね。

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たくじ | URL | 2007.08.15 06:46 | Edit
>結局は、そういうこともあって、直接的に利益を感受できる側の声が強くなるわけだ。かといって、みんな著作権問題に関心を持とうぜ、という呼びかけても、多くの人はそれに反応してくれることはないだろうしねぇ…。

この部分は大変難しい事で、ローレンス・レッシグが苦慮していた部分でもあると思います。
彼は著作権関連の法律の専門家として有名ですが、著作権問題というものに気付いていない「一般人」に対して、問題をわかってもらうための啓蒙活動も行ってきました。
活動を続ける中で、多くの人に、まずこの問題を知ってもらう事が必要だと彼は考えました。そして、問題をわかりやすくしなければ何の興味もない人々には伝わらない、という事に気付いたのだと思います。そこで彼は著作を簡単に(より具体的に、おもしろく読めるように経験談を多く)して、「ギグ」と呼ぶわかりやすく熱烈な講演を行う事を続けました。その講演はやや「アジテーション」の域にまで行っていると思います。

で、状況は改善されたのかされてないのかは正直よくわからないのですが、レッシグ自身はこのレベルでできる事がなくなってしまったと考えたのかもしれません。彼は日記で、
http://blog.japan.cnet.com/lessig/archives/003976.html
「わたしは研究を、そしてまもなく対外的な活動を、過去10年のあいだわたしを消耗させてきた問題から移し、新しい課題に取り組むことを決めた」と述べています。そして、政治の「腐敗」の問題に取り組むと。ここで彼の言う「腐敗」とは、「システムがあまりにもカネの影響に歪められてしまい」、「資金源の命ずるとおりに動くことが再選を確保する唯一の方法」となっている状況自体の事を指します。そして、これ自体が著作権問題が正常に検討されない根本であるとして、この問題にこれから10年間取り組む事を述べています。彼自身「運動」から離れるわけではないが、「もっと根本的な問題が直らないかぎり、われわれの「運動」もまた成功できないだろう」という考えに至ったという事でしょう。
多くの人に知ってもらう事で著作権問題をメインストリームの問題とし、事態の解決を図るよりも、もっと根本的な方向に進む事を彼は選択したのでしょう。(おそらくは同時進行となるでしょうが、後者に比重が置かれるようです)

多くの人に著作権問題に関心を持ってもらう事はとても重要な事で必要な事だとも思いますが、それだけでは著作権問題を解決することはできないというレッシグの考えにも一理あると思えます。かといって人々が自分に関わる問題を知らないままで構わないかというとそういうわけではなく、知ってもらえるならばそれはそれでとても良い事だとも思います。
難しいところですが、二者択一というわけではないので、レッシグのような考えを持って問題に取り組むような人も間違いなく必要なのでしょうね。

長々とまとまりのない話を失礼いたしました。
heatwave | URL | 2007.08.17 23:46 | Edit
たくじさま

こんばんは、コメントありがとうございます。

私もLessigのブログを見て、随分考えさせられました。
彼の10年間は、多くの人に問題の「気付き」を与えるための10年間だったと思います。しかし、彼はその活動を通じて、人々が「気付く」だけでは、状況を改善しえない、という結論に至ったのだと考えています。それゆえに、更に直接に問題にコミットできるポジションに自身を置こうとしているのだと解釈しました。

私は、状況は改善していないと思っています。むしろ、悪化しているとさえ思えます。例え彼が多くの人に「気付き」を与えたとしても、現状ではそれを改善するための術がほとんどありません。Lessigは人々の「気付き」を具体的に変えるための手段を模索しているのではないか、と考えてもいます。

また、私はLessigの撒いた種は着実に芽を出しているのだと思っています。まだまだ花を咲かせる段階にはないのかもしれませんが、しかし、それは確実に芽吹いています。著作権問題に関する「気付き」を与えるための役割は、Lessig以外の人達の間にも確実に広まっています。だからこそ、彼は解決に向けた更に高次のレベルでの活動が必要だと思ったのかもしれません。

私のブログもかなり「アジ」っていますが、やはり著作権問題を扱っています。P2Pファイル共有ユーザの多くは違法ファイル共有に関わっています。一部の人々はそのような側から著作権問題を考えるなど、盗人猛々しいと感じるかもしれませんが、私はそのような側にたって問題を見ることによって、通常では見ることの出来ない問題を見ることもできるのだと思っています。

また、そのようなユーザにこそ、著作権問題を考えて欲しいとも思っています。私は違法ファイル共有の問題を、違法性合法性の問題というよりむしろ、モラルの問題だと考えています。彼らにとって、その違法性は大して問題ではないでしょう。現実的には、ほとんど彼らがその違法性に直面することなどないのですから。むしろ、彼らは道徳的なレベルで、違法ファイル共有を受容しているのだと考えています。その背景にはもちろん利己的なものもあるのでしょうが、現状のシステムの腐敗や不条理などによっても、道徳的に許容する方向にプッシュされているのでしょう。私は、著作権侵害を重罰化することや、単に著作権侵害は犯罪だと啓蒙することが著作権侵害の解決に結びつくとは考えてはいません。むしろ、著作権侵害がモラルの問題として考えられるようになったときこそ、その解決への糸口がつかめるのではないかと考えています。

上述したとおり、著作権の問題は悪化し続けています。現状はまだまだ混沌としておりますが、それでも著作権利権を持つ人々は彼らの都合の良いシステムを構築しようと躍起になっています。私が危惧しているのは、もし彼らの思惑通りの世界が実現したとして、本当に創造物が守られるのか、ということです。

この手の問題を常に考えている人であれば、自分が不快になるようなサービスは選択的に利用することはないでしょう。しかし、それを知らない人がそのサービスを利用すれば、確実にネガティブな体験として残り、その後は利用されなくなるでしょう。むしろ、そのようなコンテンツ自体に魅力を感じなくなるかもしれません。しかし、一度決められたシステムは後戻りすることも出来ず、人々の支持を得ることのないままに、著作権の世界を支配することになるでしょう。それは、創造物にとってあまりに不幸なことです。

著作権利権に絡む人が守ろうとしているのは、著作権ではなく、そこから生み出される利権でしかありません。それに抗することも、著作権を保護することなのだという認識を広めること、それがこれから更に必要とされるのでしょうね。
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