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着うた配信を考える:Webとケータイ、2つのパラレルワールド

着うた隆盛に感じる違和感は、以前このエントリを書いたころから非常に強くある。そのエントリを書いた後も漠然と思ってきたことではあるのだけれども、その考えが具体的になればなるほど、着うたに頼るという方向性に未来はないと思えてくる。そんなお話。

単純にビジネスとしてのお話から。現在、携帯電話におけるWebの利用が盛んに進められているけれども、実際のところは、携帯電話でWebを覗き見する程度にしか利用されていないという現状がある。それは依然として携帯電話におけるブラウジングというのが言わばモバイル用Webとも言えるパラレルワールドに制限されていることにある。

もちろん、Docomoがパケホーダイ・フルの提供を開始し、ほぼ全てのキャリアでフルブラウザが通常利用できる状況ではあるが、みんながみんな携帯端末でフルブラウザを利用しているかというとそうではない。ただ、そのような流れは加速しつつある、ということは間違いない。

なぜ、こんな話からはじめたというと、これまではパラレルワールドであったからこそ疑問なく利用されてきたサービスが、1つの世界になったとき、果たして疑問なく利用されるか、という疑問を持ったからだ。これまではモバイル(というか携帯電話)の性能や通信の限界によって、2つの世界が並存しえたといえる。しかし、その2つの世界の壁は、徐々にではあるが崩壊しつつある。モバイルとしての携帯電話がPCディスプレイ並みの解像度やサイズになることはないし、そのスペックを上回ることはないだろうが、それでも「(ちょっと物足りない)普通のWebブラウジング端末」程度には利用できることになるだろう。

そうしたとき、2つの世界が別個にあったからこそ違和感なく利用されていたサービスは、その統合によってユーザに新たな疑問をもたらすことになるかもしれない。「なぜ、同じWebのサービスなのに、アクセスする、利用する端末が違うだけで、サービス内容も価格も異なるのだろうか?なぜその間に壁が存在するのか?」と。

私は「着うた」の基盤がそのような非常に脆弱な「2つのWeb」という仮定の上に成り立っていると思っている。現在では、iTunesやNapsterのようなオンライン音楽配信と、携帯着うた配信は、別個の物として捉えられているだろう。もちろん、フルブラウザを利用する携帯ユーザでもこれまでの概念を破壊するまでには至っていないだろうことを考えると、おそらく多くの着うたユーザが疑問なく利用していると考えられる。

しかし、携帯端末の技術や通信環境の向上によって、モバイルとしての携帯電話とホームユースのPCとの壁はほとんどなくなり、よりシームレスなものとなる(既にPCとの連携も十分に可能であるし、Napsterは携帯向けの音楽配信も行っている)。たとえそうなったとしても、金の卵を産むガチョウをそうやすやすと手放すことはしないだろう。しかし、そのような行為がユーザに与えるものは、合理的な論理による納得ではなく、不条理な制限に対する反発であろうと考える。性能も通信環境もそれを許すという1つのWebの世界で、それを許さないがための障壁があるとすれば、それが誰によって何のために設けられた障壁かは誰の目にも明らかとなるだろう。

そのようなときがくれば、ユーザにとっての着うた配信と通常の音楽配信とは、携帯のスピーカから音楽を鳴らすか、それ以外で鳴らすかの違いでしかない。もちろん、携帯端末から、自分の好きな音楽を流す、という自己提示的な付加価値が存在することは認める。だから、その差を埋められる位の価格差であれば問題はないかもしれない。ただ、現在の着うたと音楽配信の値段やカタログの違いなどを比べると、違和感を持ったユーザ達はその差を容易に埋められるものではないだろう。

違法着うたサイトが問題になっていると良く耳にする。しかし、そのようなサイトを利用する人たちが、本当にダウンロードする、リクエストする楽曲を所有していないのだろうか、ともすれば、CDで、音楽配信で、レンタルで既に手にしているのではないか、と思えてならない。結局は、違法サイトを経由してでも利用しなければならないほどの障壁が存在しているのではないかと思えてしまう。

私は、音楽は少なくとも自らの所有するデバイスにおいては、どのチャネルから入手したものであって、シームレスに利用できるべきだと考えている。それは、より多くの音楽を聴取する機会があることで、より音楽が好きになるからだという単純な理論に基づいている。デバイスごとに、利用目的ごとに障壁を用いることは、その機会を抑制するだけのものにしかならないだろう。

Trackback

iPod─iTunes─iPhoneが変えるデジタル音楽配信ビジネス 
スティーブン・レヴィ(著) 『iPodは何を変えたのか?』 (ソフトバンク クリエイティブ)
2008.02.19 00:04 | 専門家や海外ジャーナリストのブログネットワーク【MediaSabor メディアサボール 】
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Comment

ふと思ったんだけど | URL | 2007.10.16 15:41
携帯電話が一昔前のPCと同程度のスペックと機能を持ったとしても、
私はほとんど何も変わらないのではないかと思ったりします。

携帯電話とPCの間にある壁とはPCを手足のように扱えるか否かというところにあると思うのです。
携帯電話を手足のように扱う中年の方がPCをはじめから「使い方の分からない難しい箱」と思っていることこそが障壁であり、機能やスペックの問題ではないのだと思います。

中年の方に限らずともPCを難しいものと断定して携帯電話で手軽にITに触れることを選択した若者もいます。

自然にそういう層を対象とするために需要に応えて生まれ発達したサービス群なのではないかなーとおもうのです。

以前にもコメントしたことですが、音楽配信をハナから知らない方も大勢いますし、面倒なインストールや手続きを踏まなければならない音楽配信はかなりハードルの高いものです。

実際、私の母親は"どうやってお金を支払うのか"まではクリアしましたが、"何故普通のプレーヤーで再生できないのか"で躓いて私に連絡してきました。
着うたや携帯はそういう面倒な手続きがまったくいらないのです。

>誰によって何のために設けられた障壁かは誰の目にも明らかとなるだろう。
ユーザーによって"面倒くさい"の一言で儲けられた障壁だと思うのです。
heatwave | URL | 2007.10.16 23:20 | Edit
>ユーザーによって"面倒くさい"の一言で儲けられた障壁だと思うのです。

この点に対しては、いずれはその「面倒くささ」という障壁が取り払われるのではないかな、と思っています。それが携帯電話のスペックアップによってもたらされるということです。

私が言いたかったのはPCと携帯電話という2つのWebブラウジングツールが存在していたとしても、これまではその行き着く先が2つの別個のWebだったのだと思っています。

しかし、フルブラウザの浸透などを見るにつけ、いずれはPCであっても携帯電話であっても同じWebの世界を見ることになる、ということになるでしょう。

面倒くささの障壁が取り払われたとき、その制限を見て何のために存在するのか、という疑問が湧いてくるのではないでしょうか。
ふと思ったんだけど | URL | 2007.10.17 04:14
ユーザビリティの進歩は考えにありませんでした。
とても難しい分野ですが、不可能ではないです。

それが達成されても、その障壁が消えてなくならないのであれば、
それは情報格差を意図的に生み出そうという悪意他なりません。

携帯が簡易な操作と特化した機能でPCを難しいものとして敬遠する中年の方でも自身を持って扱える端末となり始めた昨今、パソコン自体がそのユーザビリティを獲得する可能性もありますし、携帯のユーザビリティそのままにパソコンの機能を獲得する端末が出現するのも遠くはないかもしれません。

そのとき、老人でも中年でも、PCを敬遠していた人々の眼前に現れる意味のない壁に彼らはどういう印象を持つのでしょうか。

私は"古い人間だと思ってバカにするな"ではないかと思いますw
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