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教師のフェアユーストレーニングの欠如が学習を阻害し、悪例を植えつける

米国では著作権法によってフェアユースが認められている。それによって、たとえ著作権者に無断で著作物を利用しようとも、一定の条件を満たし、それがフェアユースだと認められる利用行為であれば、それは著作権侵害とはみなされないというものである。たとえば、教育場面において著作物を利用することは、ちょっとした注意さえしていれば、著作権侵害とはみなされないだろう。しかし、そのようなフェアユースによって教育場面における著作物の利用が許されているにもかかわらず、教師自体がフェアユースについて理解していないために、教育目的での著作物の活用が阻害されているというレポートが出されたよというお話。

原典:ars technica
原題:Teachers' lack of fair use education hinders learning, sets bad example
著者:Nate Anderson
日付:October 24, 2007
URL:http://arstechnica.com/news.ars/post/20071024-teachers-lack-of-
fair-use-education-hinders-learning-sets-bad-example.html

それがどれほどひどいかをお伝えしよう。最近の著作権に関する調査においてインタビューを受けた教師達は、誰一人としてフェアユースに関するトレーニングを受けていなかったということが示された。

著作権の混乱は、アメリカの学校で熾烈になっている。そしてそれは生徒だけのことはない。教師は、言った何が起こっているのかについては知らず、メディアリテラシーは現在、「不必要な著作権の制限と、著作権法に関する理解の不足によって危機に瀕している」。

それがCenter for Social Media at American Universityの最新のレポートの結論である。研究者達は、教室内での著作物の利用についての混乱が、生徒をメディアに対してクリティカルにするための訓練に影響を及ぼしているのかどうかについて知ろうとしていた。そしてその答えは明確な「Yes」であった。

たとえば、ある教師が、自らの周囲の世界についてコメントするために、ポップミュージックとニュースクリップをミックスしたマッシュアップを作成した生徒を受け持っていたとする。生徒にとって残念なことに、学校はそれが著作権侵害だからという理由で、「学校内のクローズドなテレビシステム上で流すことはしない」。

1つの大きな問題は、ほとんどの教師が著作権法を理解していないということである。彼らは、学校のメディア部門、地区弁護士の作成したガイドラインに従うか、教育的な環境にとって適切な原則を記す本に頼っている。レポートが強調しているように、古くからあるフェアユースの原則がより多くの権利を許す-特に対面的な教育環境において-一方で、上記のようなアドバイスは、通常最も保守的なものとなっている。

研究者達は、教師達は著作権法について理解していない(もしくは過度に制限的であると理解している)が、3つの異なる方法で、彼らの混乱に対処するのだという。教師達は、たとえ彼らが間違っていたとしても、それは間違っていないはずだと考え、著作権について独学することさえ拒絶することで、『見ない(see no evil)』ことができる。もう1つは単純に『ドアを閉める(close the door)』であり、これは教室内では望むことは何でもやらせるというものである。第三のグループは、法律(または法律がそうであるという思い込み)に『過度に応じる(Hyper-comply)』という試みである。

その結果もたらされるのは、非効率的な教育ツールである。調査でプロファイルされたある教師は、読み書きの好きではない子供達に読み書きを促すために、the BeatlesやKanye Westの歌詞を利用するのが良いのではないかと考えた。ライセンスホルダーはそれに対して、3,000ドルを要求した。レポートの著者は、フェアユースについての正しい理解が、教室でのそのような材料の利用について、教育者たちにより強い確信を与えると主張する。

教師達が制限に対して核心を持てず、フェアユースに関するトレーニングをしていないため、多くの教師が、本当の法的裏づけもなく、経験則に頼っている。たとえば、ある教師は「もし、利用や視聴に料金がかかるのであれば、それは利用すべきではない」と生徒に話す。しかし、そのような作品を解説、批評、パロディのために利用することは、米国著作権法において明確に(訳注:フェアユースとして)確立されている。結果、生徒の著作権法についての知識は乏しいものとなる。

教育者向けに新たな『実施のための基準』を作成することは、特にそのような基準が、主要な図書館や教師達の協会によって支持されれば、状況を改善する方向に向かうことだろう。しかし、基本的な問題は、学区に数万ドルを要求するような訴訟の脅威である。4つのフェアユースの原則が意図的に曖昧なままにされているため(より多くの状況に対応させるためである)、ローカルの著作権ガイドラインを担当している人たちは、明らかに法律によって要求されているよりも遥かに厳しい規則を作る傾向がある。この新しいレポートは、もう少し著作権を学ぶことで、教育のためのツールと教室における課題の広範な配置を作り出すことにおいて、たとえそこに著作物が含まれていようと、確信を持つことができるということを、教育者達に示すことを願っている。

この問題は非常に根深いものがあるのかもしれない。もちろん、1つには教師達、ひいては一般市民のフェアユースへの理解が不足している、ということもあるのだろう。このような影響は、過度の著作権保護を求める要求による弊害でもあるのだろう。もう1つには、ここで指摘されているように、個別の利用がフェアユースに該当するのかどうか、という曖昧さも存在するのだろう。

1976年著作権法では、「批評、解説、ニュース報道、教授(教室での利用のための複数のコピー作成行為を含む)、研究、調査等を目的とする」場合 のフェアユースを認めているが、著作物の利用がフェアユースになるか否かについては、少なくとも以下のような4要素を判断指針とする。

  • 利用の目的と性格(利用が商業性を有するか、非営利の教育目的かという点も含む)
  • 著作権のある著作物の性質
  • 著作物全体との関係における利用された部分の量及び重要性
  • 著作物の潜在的利用又は価値に対する利用の及ぼす影響

以上のように、1976年著作権法は、著作物の無断利用がフェアユースとされる場合の要件を大まかに規定しており、判断指針として条文化されている に過ぎない(これに対し、§108以下の規定に基づく著作権の制限は、準則として示されている)。このため、フェアユースになるか否かは個々のケースにつ いて裁判所が判断する。また、これらの判断要素については、ある要素が他の要素より重きを置くことを要求されておらず、フェアユースになるか否かはこれら の要素を総合的に判断することによって決めることになる。

フェアユース - Wikipediaより

上記に記されているように、個々の利用がフェアユースの要件を満たすかどうかは、利用者、著作権者の間で折り合いがつかなければ、裁判沙汰となりうるのである。それゆえに、学区としても学校としても、より厳しい規則を作る必要に迫られるのだろう。

だからこそ、ここでは明確な基準を作成し、図書館や教師達の協会がそれをバックアップすることで、著作権者たちの無茶な要求に対して、NOを言えるだけのパワーを、そしてそれを過度に恐れずに済むような安心を、個々の学校や教師達に与えることが、教育現場におけるフェアユースを促進することになるのだ、としているのだろうね。やはり、学校や教師達が訴訟を恐れるというのは、無理からぬことだと思うし。

まぁ、個人的な感想なのだけれども、子供達の読み書きの授業にthe BeatlesKanye Westの歌詞を利用したいという申し出に、なら3,000ドル(約35万円)ね、と請求する側もどうかしているかなぁと思う。むしろ、それはフェアユースですから、その範囲内であれば、好きに利用してください、といって然るべきなのだと思うのだけれどもね(ただ、実際にこれがフェアユースに該当する利用なのかどうかは、レポートをよく読まないといけないかも。)。そんなところから、金をむしりとるくらいなら、子供達にthe BeatlesやKanye Westの素晴らしさを伝え、音楽に魅力をもってくれるかも知れない機会だというのに。

確かに、著作権侵害を抑制するためのメディアリテラシー教育は必要だ。ただ、それは勝手に使っちゃいけないというだけのものであってはならない。それは、著作物を正しく活用するためのものでなくてはならない。片側だけでは、バランスの悪いものと思われてしまうだろうから。バランスが取れているからこそ、その両方を正しいものだと感じるんじゃないかな?というのは恣意的な考えなのかしら?

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Comment

ふと思ったんだけど | URL | 2007.10.26 07:49
どのようなものでも例外なくどちらか一方に傾いているものです
heatwave | URL | 2007.10.26 19:57 | Edit
ならば、利用者寄りに傾いていてもいいのではないかなと思っています。
ふと思ったんだけど | URL | 2007.10.27 00:46
腫れ物に触るような態度というのは争いを避けたいという思惑もあるのでしょう
でもそれで生徒が正しい観念を持てるかどうかでいえばNOですね
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