スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

RIAA会長Cary Sherman、Digital Freedomキャンペーンを批判

RIAA会長のCary ShermanがDigital Freedomについて記事を書いている。その内容は、薄っぺらいもので、要約すると、「Digital Freedomキャンペーンは、消費者の利益のためではなく、所詮は特定企業の利益のために行われているのだから、彼らの訴えるフェアユースなどは価値のないものだ。フェアユースなどという戯言は忘れて、これまでどおり我々から搾取されてください。」というお話。

原典:CNET News.com
原題:Perspective: The farce behind 'Digital Freedom'
著者:Cary Sherman
日付:November 13, 2006
URL:http://news.com.com/2010-1025_3-6134620.html

先月、Consumer Electronics Associationとその他のグループは、フェアユースの概念を理解するためのキャンペーン「Digital Freedom」を-おそらく消費者の利益のために-発表した。

それは努力する価値のあることだろう。しかし、実際は、単に使い古された脚本、つまり、消費者と政策立案者を脅迫し、誤解させるための過激派によるフェアユースの解釈への回帰でしかない。属性に特有のトレードマークのように、CEAの利己的な主張が額面どおりになされるのであれば、フェアユースドクトリンはその意味と価値を失うという危険にさらされる。CEAは本来の意図を越えて、「フェアユース」を捻じ曲げ、ゆがめている。そしてそれを、単にクリエイティブな作品に対価を支払いたくない人たちのためのフリーパスに変えている。

それでは、本当のフェアユースとはなんだろうか?それは著作権法第107項で成文化されており、主に批評、コメント、ニュース報道、教育、学問または研究などの使用を促進することを目的としている。判決では、さらに4つの要因によってガイドされる。ワークの種類、利用される量、市場への影響、ワークの価値といった利用の目的を含む4つの要因であり、特定の利用が”fair”であるかどうかにかかわらず、それらとのバランスが保たれなければならない。それは、決して誰かの財産の利用をタダにするという万能の理由ではない。そして、それは確実に、一生懸命作品を創っているクリエイターを尻目に、電子デバイスやサービスの売り上げを押し上げるための理由とはならない。

フェアユースは、著作権法の疑う余地のないよりどころである。CEAのような批判者は時として、レーベルや他の著作権者が消費者と同じようにフェアユースに依存していると言う事実を見失っている。我々が作る非常に多くのものが、過去の芸術に立脚したものであることを考えると、健全で、確固たるフェアユースドクトリンは、我々にとって非常に重要なものである。

「Digital Freedom」の支持者たちは一貫して、彼らのケースを主流であると主張する。CEA会長兼CEOのGray Shapiroによる、未許可のダウンロードは「違法でも不道徳でもない」というコメントは、過激派の姿勢の実例と言えよう。また特に、2005年のGrokster判決において見られた最高裁判所での発言もそうであった。

議論をクリアにしよう。CEAの主な懸念は、実は消費者に対するものではなく、テクノロジー企業(時として我々のような巨大な多国籍企業)の利益をあげるための努力である。彼らの行為を金儲けのためのミッションと考えるのは、まったくもって許容範囲内のことだろう。結局のところ、テクノロジーにおける進歩と想像力の機会を可能にするのは、この資金提供によるものなのだ。しかし、そのビジネスにおける野心を達成するために、「消費者の権利」というマントラを利用することは、非常に不誠実な行為である。そして、クリエイターのワークに支払われるべきクリエイターの権利を犠牲にして、彼らの望むようにしようと言うのでは、あまりに短絡的であるといえる。

デバイスやテクノロジーは、コンテンツと同じくらいすばらしいものである。U.S. Chamber of Commerceは以下のように述べている「CEAによって導かれる運動は、自滅的な戦略を推し進めている。創造的なアーティストの権利を破壊することは、消費者やテクノロジーを助けるどころか、傷つけるものである。もし、ミュージシャン、アーティスト、映画製作者、その他のクリエイターが、自らの創造物がネット上での窃盗や、その他のアンフェアで違法な使われ方から十分に保護されていると信じられないのであれば、彼らは上質で多種多様なコンテンツを作らなくなってしまうだろう。コンテンツなくしては、それを届けるためのテクノロジー市場など、すぐさま干上がってしまうだろう。」

Digital Freedom」キャンペーンは、エンターテインメント業界の目的を「新たなデジタル技術とデバイスを非合法化すること」にあると主張している。この種の故意に誤った、煽動的なレトリックは、我々を悪魔とすることで、問題をゆがめ、問題の解決を妨害するように仕組まれたものである。実のところ、我々は音楽ファンであるだけでなく、テクノロジーファンでもある。我々は。テクノロジーの進歩を賞賛し、コンテンツを配信するための新たな方法の模索することの重要性を理解している。

短期的な無料化を推し進めるためのフェアユースの再定義などをするよりは、コンテンツを尊重し保護するテクノロジーの長期的な成長のために既存の概念を受け入れよう。それは我々みんなのためになる。
彼の主張から、RIAAや業界団体が考えるフェアユース、と言うものを感じ取れた方はいるだろうか?私には、まったくわからなかった。一番、答えづらい部分なのだろう。結局は、法律の解釈では、という言及に終始している。しかし、著作権法は親告によるものである。法律ではこうなっている、ではないのだ。あなた方がフェアユースをどう考えているか、が重要なのに。著作権者たちのフェアユースの概念がわからないのでは、恣意的にその法解釈を利用していると非難されても仕方のないことだろう。

苦しい言い逃れのあとは、ひたすらに問題のすり替えである。CEAは悪者である、よって、彼らの主張するフェアユースの概念は間違っている、よってフェアユースなどという考えなど必要ない、既存の概念で十分だ。完全なる詭弁である。この記事でのCEAへの批判の部分の「CEA」を「RIAA」に入れ替えたほうがしっくりくるのではないだろうか。レッテル張りをしたり、ミスリードしたり、問題のすり替えを行っているのは、ほかならぬRIAA自身だろう。

個人的な意見ではあるが、彼がフェアユースについて語らないのは、今後私的複製を含めたフェアユースを縮小化していく、というのがRIAAや業界団体の規定路線なのではないかと。

Trackback

Trackback URL
http://peer2peer.blog79.fc2.com/tb.php/82-2dc3dcaa

Comment

Comment Form
公開設定

プロフィール
heatwave Author
:heatwave

RSS Jamendo twitter tumblr Creative Commons Attribution 2.1 Japan
ブログ内検索
記事リスト
最新の記事
全記事一覧
他所で書いてるブログ

P2Pとかその辺のお話@はてな

アーカイブ

カテゴリー
最近のコメント
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。