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音楽産業は何を間違ったのか-Warner Music CEO、音楽産業の過ちを認める

先週水曜、マカオで開催されたGSMA Mobile Asia Congressの壇上で、Warner Music GroupのCEO兼会長Edgar Bronfmanが「音楽産業が間違っていた」と発言したよというお話。彼は音楽産業がこれまでに採ってきた戦略は、消費者のデマンドを無視、否定するものであり、それが消費者との戦争であったと認めた。もちろん、それは、携帯電話産業のカンファレンスということもあり、音楽産業の失敗を携帯電話産業が同じ轍を踏むことはないという忠告でもあるのだが、携帯電話というメディアを通じて、より多くのコンテンツの購入を促進させるためのリップサービスという部分もあるだろう(後段では、パッケージングによってより多くのコンテンツを売ることができたことを示唆しているし)。しかし、音楽産業の主要な人物がこのような認識を公の場で口にするということは、音楽産業が変わってゆくための萌芽であるとも思える。ここでは、Bronfmanの発言から、音楽産業が何を間違ったのか、を考えてみたい。

原典:MacUser
原題:Music boss: we were wrong to go to war with consumers
著者:Simon Aughton
日付:November 14, 2007
URL:http://www.pcpro.co.uk/macuser/news/138990/music-boss-
we-were-wrong-to-go-to-war-with-consumers.html

「私達は、自らを欺いてきました。私達は、自らのコンテンツが、まさに完璧なままでいるものだと思っていたのです。(訳注:インターネットによって)インタラクティブ、常時接続、そしてファイル共有の世界が爆発的に広まっていても、私達のビジネスはそれらからの影響を受けずにいられるだろうと 気楽に考えていたのです。もちろん、それは間違いでした。それはどのように間違っていたのでしょうか?私達はその場にとどまるか、もしくは遅々としたペースで進むことで、消費者が望むもの、もしくは消費者が手に入れられたものをに否定することで、迂闊にも消費者に戦いを挑んでしまったのです。その結果はもちろん、消費者の勝利に終わりました。」

彼らの最初の、そして最大の失敗は8年前に遡るだろう。そう、Napsterが全盛だった時代。そのころは、これからインターネットの世界がどうなっていくのか、想像すらできないほどに未知の領域であった。音楽とインターネットがどのような関係を築いていくのかも。そのような中、Napsterが登場し、世界にインパクトを与えた。単に、音楽をタダで入手できるということだけではない。音楽とインターネットの1つの形を世界中の人々に見せたのだ。賽は投げられた。もう引き返すことはできなくなった。

しかし、音楽産業の選んだ道は、Napster創設者Shawn Fanningと手を結び、音楽産業の望む道を伸ばしいていくことでも、音楽とインターネットの別の新たな関係を人々に示すことでもなかった。彼らはNapsterをなかったことにしようとした。もちろん、Nasterを亡き者にすることはできた。しかし、問題の本質は、Napsterにあったのではない。Napsterの見せた、インターネットと音楽の関係にあったのだ。

なぜ、あの時、テクノロジーを拒否し、様子を伺うことを選択してしまったのか、音楽とインターネットの別の道をもっと明確に指し示すことができなかったのか、おそらく産業側にはそのような後悔が存在するだろう。一度人々が道を進んでしまったからには、その先を見てしまったからには、引き返すことなどできない。たとえ、道を塞がれることがあったとしても、進むための道を探したことだろう。そのとき、新たな道を示したのは、音楽産業ではなく再びP2Pファイル共有であった。

再び人々の前に姿を現した道は、人々が通る道となる。そうして更に道は整備され、分岐していった。その段になってようやく音楽産業の側がけものみちを拓いたところで、ほとんどの人は見向きもしなかった。音楽産業の次の失敗は、常にP2Pファイル共有の後手に廻ってしまったことだ。時間的にも、サービスの内容的にも。いかに新たなサービスを展開したとしても、その大半が「ようやく・・・」というものであっただろう。少なくとも、「満を持して」という局面を遥かに越えた時期に。また、それはあまりに堅苦しく、乏しく、不便なものであった。結局、そのけものみちを人々が進むようになるには、iPodというナビが必要だった。

それと同時に、音楽産業はP2Pファイル共有に戦いを挑む。個々のファイル共有ユーザに対して、ファイル共有企業に対して、ファイル共有ハブに対して、幾多の戦いを仕掛け、ほぼ勝利を収めてきた。しかし、その問題の根幹は、ファイル共有の抱える膨大なユーザベースに起因する。個別の戦いに勝利したところで、焼け石に水といったところだったろう。

音楽産業は誰を無視し、戦いを挑んだのか

しかし、それ以上に大きな、そして最も重要な問題は、いかにファイル共有ユーザベースが巨大なものであったとしても、音楽リスナーとしてのユーザベースはそれより遥かに巨大なものであったということだ。確かにP2Pファイル共有における音楽配信は、その違法性を除いては非常に魅力的なものだった。しかし、音楽リスナー全てがそこを向いていたわけではない。いかにP2Pファイル共有の道を塞いだところで、そのユーザ達が音楽産業の拓いた道を通るとも考えにくいし、それによってそもそもファイル共有に手を出していないリスナーが音楽産業の拓いた道を通るわけでもない。

音楽産業はP2Pファイル共有から学ぶべきだったのだ。もちろん、その違法性を認める必要はない、しかしそれを否定した上で学ぶことだってできた。なぜ一部の人々はそれに熱狂したのか?それには無料であったこと、カタログが膨大であったこと、コミュニティ/コミュニケーションがあったこと、ディスカバリーがあったこと、習慣化したことなどなどさまざまあるだろう。全てを同じにすることはできないにしても、そのファクターを拾うことはできたはずだ。

さらに、音楽産業が見落としてはならなかったもう1つの側面がある。なぜ多くの人々はそれほどまでに魅力的なP2Pファイル共有を利用しなかったのか?それが違法行為であったこと、ファイル共有を利用する手間が面倒だったこと、そのための情報が不足していたこと、まだ携帯オーディオプレイヤーを所有していなかったことなどが考えられるだろう。違法行為であることは、P2Pファイル共有側には決して越えることのできない壁であるが、それ以外の点は、改善の余地も、変化の余地も十分に含まれていた。確かに多くの人々は違法ファイル共有に手を染めることはしなかった。ただ、そのような人々がファイル共有の持つそれぞれの利点を望まなかったわけではないだろう。

無料、カタログ、コミュニティ/コミュニケーション、ディスカバリー、習慣化、機会/容易さ、情報、連携、そして合法性。それらのものはいかようにでもできたはずだ。しかし、音楽産業の打ってきた手は、常にユーザのデマンドを満足させるものではなかった。望まれているものではなく、望まれていたものだったのだから。もちろん、彼らにはCDという物理メディアを守るという使命を感じていたことは確かだ。逆を言えば、彼らはインターネットをチャンスではなく脅威として捉えていた部分が強かったのだろう。その姿勢は時代のデマンドに消極的に応じるという点にも現れていたし、DRMというユーザに一片の隙をも与えないということへの積極性にも見て取れる。もともと売れていないものに、売れなくならないための措置を施して何のメリットがあろうか。ファイル共有ユーザほど敵視しているわけではないのだろうが、ユーザに対し、常に疑念の目を向け続けた。

皮肉なことに、DRMに対する初期の猛反発を回避することができたのも、音楽産業の配信事業への消極性のためでもある。また、iPod/iTunesのおかげでDRMの問題はしばらく先伸ばすことでもできた。それももうタイムリミットは近づいている。ユーザ達は気づき始めた。いつまでもユーザのデマンドを無視し、それに反することを続けることはできない。

そうして、彼らの戦略を1つ振り出しに戻したとしても、決して時代は振り出しには戻らない。時代と共にユーザのデマンドはハードルをあげるのだ。問題を先延ばしにし続けることが、次の一手をさらに困難にする。以前には画期的なソリューションだったものが、今ではやったほうがマシ程度のものになってしまう。

ユーザのデマンドを拾い上げ、その方向性をリードしていく、そうでもしない限り、音楽産業が、今彼らが熱い期待を寄せているインターネットの世界で生き延びていくことは困難だろう。過去にそれに失敗したことが、今のハードルをさらに高める。それは、未来においてもそうなることだろう。現状のハードルの高さに諦めを覚えれば、将来のハードルの高さに絶望するかもしれない。

8年前、音楽産業が本気でインターネットに乗り出していれば、Napsterはメディアシフトに伴う一時的な混乱として記憶されたかもしれない。しかし、もう遅すぎる。それでも、もうおしまいだなどということはない。次は、この8年間をP2Pファイル共有の拡散と音楽産業の失態とを繰り返した時期だったと記憶させるよう取り組むべきだろう。もちろん、8年前とは比べ物にならないほど高いハードルではあるけれども。

音楽産業が注視すべきはP2Pファイル共有ユーザなどではなく、それとは距離を置いている遥かに膨大な善良なリスナーである。P2Pファイル共有ユーザを駆逐したところで、彼らは失うことがなくなるだけで、得られるものはあまりにないだろう。得ようと思うのであれば、正しい方向を向いていなければならない。ユーザのデマンドを受け入れ、それを何とかして実現し、それによってより拡大することこそが、彼らが生き延びる、そして発展するために必要なことだと思う。当たり前のことではあるが、多くのしがらみや思惑が重なることで、それが見えなくなる、音楽産業はそれを示してくれたのだろう。

**追記**

ここでは、決して8年前の音楽産業の選択を非難しているわけではないのです。結果論で非難するのは、フェアではありませんし、そもそもその当時にこのような状況になるとはほとんど誰も想像し得なかったことでしょうから。ここでいいたかったのは、批判というよりは、Bronfmanの持っている後悔に似たものかもしれません(内容としては異なるかもしれませんが、感情としては似たようなものでしょう)。つまり、過去を振り返った上で、ではこれからどうしようか、という議論です。

また、P2Pファイル共有の孕む違法性の問題に関しては、ここでは深く突っ込んではいませんが、それを正当化しているのでも、肯定しているのでもありません。違法性を指摘したところで、過去も、そして現状も変わることはありませんし、違法性を排除したところで、現在の音楽産業が抱えている最も大きな問題が解決するわけでもないと考えています。海賊行為対策は必要不可欠なものですが、最も重要な問題に取り組まなければ、やっても大した効果はあがらないように思えます。

最後に、このことは、決して音楽産業に限った話ではありません。映像産業も同じ問題に直面しています。音楽産業にとってのNapsterは、映像産業にとってはYouTubeであると思っています。人々はこの2年間、YouTubeをはじめとするビデオ共有を大いに体験してきました。たとえそれが違法にアップロードされたものでも。では、YouTubeやビデオ共有サイトから違法にアップロードされたコンテンツを全て排除すれば、彼らは期限付きのコンテンツ1話に150円や200円支払うのでしょうか。彼らが味わった快適な経験は消えてなくなってしまうのでしょうか。おそらく彼らは似たテイストの体験を求めるでしょう。少なくとも彼らはYouTubeによってブーストされているのです。そのデマンドを汲めるかどうか、それが映像産業が音楽産業の二の舞になるかどうか、を決めるのだと思っています。映像産業も徐々にではありますが(そして米国に限った話ではありますが)、変化をし始めています。これがより加速するといいのですけれどもね。

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