2007.12.22 Sat
頭の固い奴らをどうやって変えるか
「ダウンロード違法化の最近の議論」についてなんかコメントしてくれというメールを頂いたので、ちょっと一言。
ざっと見た限りでは、ダウンロード違法化への最近の流れに関しては他のところが大体言いたいことを言ってくれているので、この流れについてのコメントはそちらに任せることにする。以前のエントリでも言いたいことは言ったから、気になる方はそちらも参照してみてくださいな。
で、「ダウンロード違法化の最近の議論についてコメント」してくれ、というご意見だったので、「議論」について考えたことをつらつらと。
議論を見ていると、やはりライツホルダー側の人たちとの間にものすごい火花が散っている感じ。もちろん、「クソッタレ」と口汚く罵る私もその一人なのだけれどもね。うん、「それはおかしい!」と言うべきときには、やはり声を上げるべきだと思う。ただ、1つ忘れちゃならないのは、最終的にはその相手と手を繋いでいられる関係を築く、ということ。彼らには蓄積されたノウハウがあるし、過去の膨大なカタログを握ってもいる。イノベーションの邪魔だ!と叫んでも、そのプレイヤーにそのままいなくなられても困るわけでさ。
もちろん、議論している人たちもその辺は重々承知していて、コンテンツ産業の新たな有り様とか、コンテンツ産業との新たな関係を築くために議論しているのだと思う。だから、私はそのために必要なことを別の側面から考えてみたい。
もうそろそろユーザも変わるべきときじゃないかと。既存の流れに期待するのは止めて、新たな流れに身を任せるというのはどうだろうか。議論しようとか、政治に対してコミットしていこうというのとは別で、ユーザアクティビティとして変わっていこう、ということ。
というと、既存のメディアの不買運動のような感もあるが、そういうことでもない。ユーザのデマンドを何がしかの方法で伝えること。そして、そのデマンドがどのように実現することを望んでいるのかを明確にすること。
ユーザのデマンドを伝えるといっても、その手段は何も声を上げるだけではない。行動で示すこともできる。むしろ、ユーザの行動こそが最も強い説得力を持つ。といっても、違法な手段、たとえば違法ファイル共有やビデオ共有サイトで違法アップロードされたコンテンツを利用しろというわけではない。確かに、結果的にBitTorrentやビデオ共有サイトでのテレビ番組に対するデマンドの高さが大手ネットワークのWeb進出を後押しする一助となった、という部分もあるだろうが、それは結果論でしかない。ともすればコンテンツ産業側の反発を強め、態度を硬化させる可能性だってある。日本の場合はそのような状況にも思える。
私がお勧めしたいのは、あなたが魅力的だと思う合法的なサービスを積極的に利用する、ということ。たとえそれが大手あっても、スタートアップであっても、魅力的だと思うサービスならどんどん利用すればいい。もはや彼らに対して、そんなやり方じゃ得しないよ、といっても聞く耳を持たないだろう。むしろ、この方法が得策だよ、という方向を行動で示さなければならないのかもしれない。たとえば、音楽でいえばDRMフリーのコンテンツを選択的に購入するとか、音楽SNS、ネットラジオ、プレイリスト共有サイト、Jamendoのようなサイトを積極的に利用するとかね。つまり、新たなストリームを積極的に取り入れ、それをより多くの人たちに伝える、ということが必要なのだと思う。
そのためにユーザ側が知っておかなければならないことは、コンテンツ産業は「確実に」利益が上がるモデルを作り上げてはいないということ。しかし、彼らだって考えてはいるのだ。少なくとも、可能性の1つとしてはあなた方の望むような仕組みを。ただ、それにはリスクが伴い、それゆえに実行するというところまではいかないのかもしれない(もちろん、旧来のモデルを存続させるという使命を持っていることも一因だろうが)。それでも彼らは知りたいのだ、何がうまくいくのかを。
既存のコンテンツ産業の中にも積極的に『フロンティアでの利益』を模索しているところもある。たとえばVivendi(Universalの親会社)。Universal Musicは、EMIに続いてMP3での配信を決定している。そして彼らはこれを『テスト』だとしている。つまり、MP3での配信がDRMedの配信に比べて、本当にユーザのデマンドがあるのかどうか、それを見極めるようとしているのだろう。また、NBC Universalはファイル共有やビデオ共有サイトにおけるテレビ番組のデマンドに対して、iTunesなどでの有料配信に乗り出した。その後はご承知のようにAppleとの決裂を迎えるわけだけれども、それもデマンドの高いであろう新作コンテンツを少し高めの価格設定で販売できないか、というテストを申し入れたことが発端となっているようだ。また、NBCでは、News Corp.と共同してHulu.comというコンテンツストリーミング配信プラットフォームを構築し、AOLをはじめとする複数の大手サイトと提携している。自社サイトNBC.comでも他のネットワーク同様に番組放映後の見逃し需要に応える形で、ストリーミング配信を行っている。また、前回のエントリでも紹介したようにNBC DirectはPando、YuMeと組み、コンテンツのダウンロードも提供するようだ。
ここではUniversalの取り組みを中心としたけれども、同様にフロンティアに乗り出そうとする試みは多くある。しかし、その取り組みの大半は、その方向性が正しいものとして確信している、というわけではない、むしろユーザのデマンドを推し量るためのテストに過ぎない。つまり、ユーザがそれを支持しなければ、その方向は正しくないと結論付けられてしまうかもしれない(もちろん、負の影響が見られなければ「悪くない」と結論づけることもできるけど)。
その点で、ユーザも変わるべきだと思うのね。魅力的ではないサービス(たとえばDRMガチガチのiTunesや以前であればCCCD、有料テレビ番組配信など)を利用しないとか、既存のコンテンツ産業のコンテンツを購入しないとか、そういう反発があってもいい。ただ、その一方で魅力的なサービスに対してはアンテナを張り巡らし、それを活用し、それを広めていく、サービスに不満を見出せば、それをどんどん声に出して、より魅力的なサービスが登場したらそれに乗り換える、そういった流れも必要なんじゃないかなと思ったりする。
もちろん、そう思えるだけの魅力的なサービスがないのが問題なんだ、という意見もあるだろう。確かにごもっとも。ただ、世界を見渡してみれば、とても魅力的なサービスがたくさんある。Joostもそう、Babelgumもそう、Jamendoも、eMusicも、finetuneも。そういったサービスがあることを伝え、それを議論に取り入れるというだけではなく、それを積極的に活用する、活用していることを伝えていく、そういった部分も必要なんじゃないかなと思うのよね。それは私自身の反省でもあるのだけれど(そういった反省が結構前からあって、近々Jamendoアーティストをレコメンドするブログを作ろうかなと思っているところ)。
なぜ、ダウンロード違法化の議論でこんなことを考えているかということを少し。著作権に関する議論は確かに必要だし、声を上げていくことも、政治を意識していくことも大切だと思う。特にインターネット全体を縛りかねないような法律が話し合われているわけで、それに対しては反発していかないといけない。ただ、それだけでいいのか?って思うのね。ユーザの持つ、最もパワフルな影響力は何だ?って。
日本の流れを見ていると、まず仕組みをしっかり考えましょうって印象を受ける。でも、それが怖いのは今の見通しがこれからを決めちゃうってこと。そしてそれを決める人たちが既存のビジネスモデルにマッチさせる形で制度を決めようとしていること。結局その人たちは、これからどうすればうまくいくかを知っているわけでも、それを考えようとしているわけでもない。既存のビジネスモデルにダメージを与えずに、ネットを利用できる方法を模索している部分が強いように思える。
その流れは既存のコンテンツ産業が、新たなチャネルとしてのインターネットを脅威と感じているためなのだと思う。そりゃそうだ、新たな「流通」が登場するということは、囲い込んできた「製作」が逃げていくかもしれないし、そのコンテンツを排他的な流通に乗せることで大きくしてきた影響力を弱めることにもなる。別の競合する流通が存在することが、それはもう恐ろしいのだろう。それでもまだ、現在のところは勝ち目がある。その出力がPCに限られているうちは。
でも、それがPCの壁を乗り越えれば、インターネットはあまりに強大な脅威となる。STBを、HomePCを、PS3を、XboXを利用したIPTVがリビングルームに登場すればどうなるだろう?
確かに船出の前には負けない算段も必要だと思う。ただ、あまりにそれに時間をかけすぎれば、それが有効だった期間を越えてしまう。そうなれば、再び負けないための算段を考え、それを実行することになる。でも、そのときには・・・というアキレスと亀の逸話に似たスパイラルに陥る。現在の絶え間のない変化を見るにつけ、そんな悠長なことをしているような時間でもないように思える。今は勝ちにいかなければ利益は得られないどころか、負けない算段をしているのはずに徐々に利益を損ねていくことになるのかもしれない。
というのも、そんな閉塞した状況であればこそ、別のプレイヤーにチャンスが廻ってきてもいるのだ。「製作を牛耳る流通」がインターネットを前にして物怖じしているのであれば、それに乗じて「製作」が「流通」からイニシアチブを奪い返すことができるのかもしれない。少なくとも、音楽産業においてはその萌芽を見ることができる。まず、iPodがiTunes経由でPCの壁を乗り越えた。これがまず最初の一撃。そして第二撃はRadioheadによる製作主体の配信(と成功?)。そして、そのような流れを多くのアーティストがポジティブに捉えている。もちろん、これは混乱の中の1つの出来事で終わる可能性もあるが、それでも製作がイニシアチブを持ち流通を選ぶ、というイノベーティブな出来事だろう。
で、このようないまだ不安定な流れをメインストリームに押し上げるのは、やはりユーザなんだって思うのね。既存のコンテンツ産業には確かに存在意義はあったんだと思うし、これからもあるのだと思う。でも、その役割は変化し多様化する。変化に対応したくないというのであれば、それに対応してくれる新たなプレイヤーにその役割を託し、その分既存のコンテンツ産業には縮小していただく他ない。その「変化」が「安定」に変われば、いくら意固地な考えを持っていても、それに追随せざるを得なくなるだろう。そこまでいくのが嫌なら、既存のコンテンツ産業がその『新たな役割』を担うしかない。どこで既存の産業が変化を受け入れるかは彼ら次第なのだけれども、その時点でユーザと産業はようやっと手を繋ぐことができるようになるんじゃないのかしら(完全に、ってのは不可能だけど)。
ただ、そのような流れを生み出すのはユーザの行動の結果でもあるんだよね。もちろん、総体としてのユーザはコントロールできるわけではない。だけど、それをガイドすることが不可能なわけじゃないと思うのよ。だって、繋がってるんだから。
ちょっと一言と言いながら、随分書いてしまった・・・。もちろん、このお話は違法コピーダウンロード違法化の流れとか、保護拡大を狙う産業側の動きとは直接関係はないかもしれないけど、こういった側面も大事なんだと思うのです。確かに制度によって望ましい変化が制限されることもある。だからこそ、それに対して反論していくのは大切なこと。ただ、その一方で、望ましい変化を起すのは制度ではないということも考えなければならないと思うのです。
読み直すとまとまりがないけれど、そのままアップします。一言で言えば、ユーザの行動こそが世界を変えるんじゃないの?ってことで。また考えますです。
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Re: 頭の固い奴らをどうやって変えるか
そもそも、P2Pやニコ動等のユーザーにそんなWEBの未来を憂う
志が本当にあるのか疑問です。…建前としてはやたら使うけど。
あと、「良いコンテンツをユーザーが選んでいくべき」といいつつ、iTunesを主観で「使いにくい」部類にカテゴライズしてミスリードするのは如何なものかと。
自分はDRAM云々気にせずにiTunesで金を払って曲を楽しんでいる人間なんですが、そういうのってheatwaveさんから見れば“愚かな”ユーザーになるんでしょうか?
| 素朴な疑問 | 2007/12/23 03:58 | URL | ≫ EDIT