「Webサイトは警察が理解しているようなものとは全く異なります。サイトでは音楽を売っているわけではないのです−私は何1つ間違ったことをしていません。
私がサイトをセットアップしたとき、私は違法な行為をしているとは思いませんでした。また、今現在でもそうは思っていません。サイトには180,000人のメンバーがいます。そして私に起こったことに対して抗議もあります。
音楽をダウンロードする人々は、同じようにCDを購入します。多くの人は、音楽のテイストを手に入れ、その後のCDを購入するために、インターネット上で音楽をダウンロードするのです。
しかし、私は人々に音楽を売っているわけではありません。ただ、私は彼らに音楽を購入するよう促すのです。誰かが違法に音楽をダウンロードしたいのであれば、私のサイトがそこにあるかどうかにかかわりなく、彼らはそうするでしょう。
これに関して裁判で争うのであれば、それは非常に重大な判例を作るでしょう。おそらくそれは、インターネットを変えるものとなると思っています。
私が知っている限りでは、英国においては、誰1人として私のサイトと類似したサイトを運営していたことで、法的に連れてこられた人はいません。私のサイトはGoogleのようなサイトと何ら変わるところはないのです。
Googleが違法に音楽をダウンロードできるサイトへのリンクを提供するのであれば、彼らは私が非難されていることと同様のことをしているといえます。私はOiNKユーザの誰一人として法律を破らせてはいないのです。そして人々は私のサイトを利用するためにお金を支払うということはありません。」
私はこのブログでしばしば『コンテンツ産業の示す違法コンテンツトレードの損害額は過度に誇張されている』と述べてきた。というのは、決して現実としてそのような額が示されているのではなく、単純に流通しているものを総計(またはそれに類する算出方法)することで出された数値であることがほとんどである。そこには、個々人の経済事情(たとえば、100枚のアルバムを1ヶ月にダウンロードするユーザが、現実に1ヶ月に100枚のアルバムを購入するだろうか?)や購買可能性(本来であれば購入するはずの人が購入しなかった場合もあれば、もともと購入する気はないがタダなら手に入れようという人もいる)などが考慮されていないのである。
結局は、自分達の都合のいいように数値を誇張しているだけのようにも思える。
しかし、それはコンテンツ産業だけに限った話ではない。ここでOiNK管理人が述べているような、私はユーザを購買に促しているという主張も、実際に購入した人がいたとしても、その効果というのがどの程度なのかは全くわかりようがないのである。確かに、ダウンロードしているすべてのユーザがそのコンテンツを購入してるという荒唐無稽な主張をしているわけではないし、ユーザはダウンロードしたコンテンツを元に適切な査定を行い、それによって購入する、しないという選択をするという意見もある。
ただ、そういうこともあるという事実は、慰めにこそなりはしても、正当化するだけの根拠とはなりえない。また、そういうユーザが存在するということが、違法ダウンロードによって購買を抑制されたユーザがいるという主張に対する反論とはなりえないし、その効果も、相殺されるといえるものでもない。違法ダウンロードによる購買促進効果、抑制効果の効果サイズが同一のものであるという保証などないのだ。
彼はGoogleと同様であると述べているが、彼のサイトとGoogleとの間には決定的な違いがある。少なくともGoogleは違法行為を行っているサイトへのリンクは要請に応じて削除するし、またそのような行為に対しては協力的である。さらに、Googleは一般的にそのような行為に特化したサイトではない。ではOiNKはどのようなサイトだっただろうか?
もちろん、OiNKの裁判において、過度にコンテンツ産業よりの解釈がなされ、それがインターネット全体の活動に影響を及ぼすという自体になりかねないことは懸念されるが、かといって解釈がOiNKのようなサイトの安全をバックアップするようなものである必要もない。リンクの提供というのは、Web全体の活動に関わる行為である。しかし、それが際限なく許されるべきでもないし、またそれが過度に抑制されるべきでもない。
もちろん、コンテンツ産業に対する不満は数多くある。特に音楽産業に対しては、音楽を聴く機会を提供することに消極的であることが、音楽産業の衰退の一因であるとも考えている。ただ、そのような供給の低さは、違法ファイル共有で補われてよいということはない。彼らにも自らの利益に関して思うところはあるだろう。そのような葛藤のなかで、彼らが提示してきたものをユーザ自身が判断し、それを採用する、拒絶することで、彼らはその対応を迫られることになる。
たとえばDRMの問題にしても、ユーザのデマンドに応じて、AmazonやWal-MartはMP3での配信を選択し、レーベルの側もそれに従いつつある。また、Amazon、Wal-Martの脅威が、iTunes
Plusの価格を下げさせることにも繋がった。ユーザのデマンドは、決して直接的にではないにしても、間接的にそのデマンドを満たしうる状況を作り出すという可能性を生み出す。もちろん、即効性のあるものではないかもしれないが、ユーザ自身がよりそのデマンドに見合った、より合法的な選択肢を選らび続けることが、それを確実なものとするのではないかと思える。
不満があるから、それを行動で示す、というのは理解できる。ただ、その行動は一般的に理解されるものでなければ、社会に、コンテンツ産業の側に認められるものとはなりえないだろう。
もちろん、違法ファイル共有という現実が存在し、それに即した対策を考えることも重要ではある。しかし、それを違法ファイル共有の側にいる人々が建前とできるものではないだろう。